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紅い長髪を背中で揺らし、足早に立ち去ろうとする男の背を追う者がいた
それに気付きながらも男は歩みを止めず遅めることすらもしないで、仕方なく彼を追っていた女性は声を張り上げることにした


「アッシュ、さん!」

「……なんだ、お前か」

「何だじゃないですよ、気付いてたくせに…」


振り向くのと同じタイミングでようやく足を止めたアッシュという男は、肩で息をする女、を見て意地悪く口の端を吊り上げる
それを見て女は苦虫を噛み潰したように顔を顰め、深く息を付きながら姿勢を正し事務的な表情を作った



「アッシュさん、勝手な行動は慎んでくださいとヴァン謡将に言われているでしょう」


今度はアッシュが顔を顰める番だった
子供のようにすっと顔を背け、動きに合わせて長い赤髪が靡く
あんな長髪を垂らして戦えるなんて器用なことだ、と、アッシュの戦い方を傍で見る機会がそれなりに多い彼女は、口に出さないながらも心の底から感心している



「ヴァンが何を言おうと関係ねぇ、俺は俺のやりたいことをするだけだ」

「でしたら私が言います。勝手な行動は慎んでください、でないと副官の私が上から叩かれるんですよ」


拗ねたように言うアッシュに少し困るが、彼女もここで引くわけにはいかないのだ
彼女の上の地位にいる人物といえば実質アッシュだ
しかし彼が彼女に圧力をかけたことはないのでここでの上はアッシュ以外の誰かということになる
六神将の誰かか、または騎士団を統べるヴァン・グランツ謡将か
考えを巡らせている間、女はいとも簡単にその答えを鬱屈と共に吐き出す



「この前なんて食事に誘われたかと思えば一時間もお説教ですよ?ヴァン謡将は怖いんです、少しは私の身にもなってください!」


「……なんだと?」



アッシュの眉が跳ね上がり、先程以上の不機嫌を表情に出した
少し言いすぎたかと思い彼女は少しばかり後悔したが、今更撤回するわけにもいかずむしろ事実を述べたまでなのでその点での後悔はあまりない
アッシュが何も言わずにいるので自然と俯いていた顔を恐る恐る上げてみると、彼は小難しい顔をして何かを考えているようだった



「あのー…アッシュさん…?」



「……………わかった」



わかった、という返事が先程の要望に対してのものだと受け取った女は「本当ですか!」と顔を輝かせて喜ぶ
だが、何故かアッシュは彼女の手首を掴むと、有無を言わせぬ力で引いて少し前まで彼が進んでいた方向に再び歩き始めた

状況が理解できず、彼女は眼を白黒させて先を進むアッシュの背と掴まれた手を見比べる



「え、ちょ…どこに行くんですか」

「ならお前も俺と行動を共にすれば問題ないだろう」

「いやいやいや色々と問題尽くしじゃないですか!」

「命令だ。それともお前は上司の命令に逆らうのか」

「………了解です」


彼女は喉でくつくつと笑うアッシュを一瞬憎たらしく思ったが、まぁ上司命令なら仕方ないよと理由をつけてそれを了承してしまう自分はやはり馬鹿なのだと結論付けておくことにする
この背についていくことを選んだのは自分なのだと、胸を張って言えるようになればいい
いつかこうして手を引かれ後ろについていくのではなく、隣に並んで笑い合いたいなどとささやかな望みを胸に抱き、大股で歩くアッシュを小走りになりながら追い掛けた





部下(の心)誘拐未遂事件




「ヴァンの誘いには応じるなよ、これも命令だ」

「時と場合によりますが…」

「そん時は俺を呼べ、助けてやる」

「はぁ…まぁ、わかりましたアッシュさん」



fin.
09.0313.



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