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奴に出会った時点で今日の運勢は最悪だと決定づけられていたも同然だ
深夜だし丁度今日っていうことになる、むしろ明日の朝日を拝めるかも微妙な線
左脇腹の辺りに触れればぬるりとした感触。手を離すとぬちゃ、と粘着質な音がした
深夜を照らす月明かりの下、私の手は真赤に染まっていた

痛みはあまりない
よく痛みは度を超えると何も感じなくなるというけど、今の私がまさにその状態
ずるずると壁伝いに腰を落としていくと、腰や足にも血が付いた
出血しすぎじゃないのか、これ

こんなことなら皆と離れて夜の散歩、とか止めておけばよかった、今頃みんな寝てるんだろうなぁ、夜が明けて私がいないことに気付いたらどうするんだろう
発見時には失血死してました、だなんて笑えない結末が容易に想像できて、逆に笑えた



不揃いな足音が近付いてきた
あの野郎、ふらっふら歩きやがって無駄に腹立つ




「見ーつけちゃいましたー」



やる気のなさそうな声
割と近くに立っているはずなのにどこか遠く聞こえる、何でこんな変態殺人鬼に殺されかけてるんだろう、私
いや、殺されるのか
こんな、「ハスタキーック」とか言いながら槍で突いてくる頭ピンクな男に



「やぁやぁ、もう逃げ場はないピョロよ。何だか出血大サービスって感じで今のお嬢さんステキ。ステキだから殺しちゃってもいい?」


「……どう、ぞ」



唇の間から鮮血と一緒に零れたのは情けない声
喀血、っていうことは結構内臓傷ついてるのか、いよいよあの世が見えてきそう
苦しいのは好きじゃないから一突きで殺っちゃってほしいな、と思って首を擡げると、変態殺人鬼ことハスタは不機嫌そうに唇を尖らせていた
長身の部類に入るいい大人がそういう表情しても全然可愛くないと思うのは私だけじゃないはず



「オレとしてはこう言う場面で抵抗してくれちゃった方が興奮するわけでしてー」


「は…、残念、だな。さっきの不意打ちが結構致命傷、だ」



口の端を吊り上げて言ってやれば、ハスタは不服そうに頬を膨らます
こいつの行動一つ一つが気持ち悪い、何なんだ、本当に
出会い頭に刺してくるしね、何がしたいんだこいつマジで



「ねぇねぇ、今どんな気持ち?オレに殺されて悔しい?それとも悔しい?転生したら殺し合う?オレは最後の案大歓迎だポン!」


「うっせ……死ぬ時くらい静かに死なせてくれ、……転生も、まっぴら御免だ」


「あららー…ほんとに死んじゃうの?参った、デザート一品減っちゃうのはヤダなぁ…」



ハスタにとって私はデザートだそうだ
ふざけろこの変態が

それにしてもこいつに殺されるのはある意味悔しいかもしれない、こう、人類として
殺人鬼に殺されるって、何かベタだし
ああだけど、このまま目を閉じれば私の人生は終わりな気がした
確実に血が足りてない、この身体には
心臓の脈動がどんどん弱くなっていくのも自分で分かるし、体温も低くなっていって、段々寒くなって来た
へぇ、死ぬってこんな感じなんだ、あの時戦場で殺した人たちもこんな、気持ちだった、のかな、ぁ、………?





「……ん、ぐっ」



急に息苦しくなって閉じかけていた目を開くと、何か知らないけど目の前のハスタの顔小腸色、もとい薄桃色の髪の毛が私の額を擽った
私が目を開けていることに気付くと、彼は血色の瞳を細める

鼻から抜けていく呼気


…あ、私いま変態にキスされてるんだ


死の間際になると人って逆に冷静になるんだな、抵抗する気も起きない
けどあまりにもあまりで窒息死しそうな勢いなのは頂けない、キスで窒息死とか馬鹿すぎるし、第一こんな変態な殺人鬼とだなんてそんな、もう転生しても引き篭もりたくねってしまうじゃないか



阿呆くさいほど長い口付けが終わり、奴は何故か名残惜しそうに唇を離す
もともと死にかけなのにしぶとく生き残っている自分に拍手を送りたい

………あれ、口の中に何か、入ってる



「デザートは最後に取っておきたい、そういう子なんだよオレは」


「……、ミラクルグミ、」



ほんの片手の指で数えられるほどしか食べたことのない味が口の中にあった
体力とその他いろいろ回復してくれる高品質な上位グミ
先刻唇を奪われた際に忍び込ませたらしい…口移しで
普通に渡してくれればいいのに


「何のつもり、かな?」

「優しいオレからのプレゼントー。あ、それとも授血がよかった?何なら特別にオレの血も出血大サービスして差し上げますよ、差し上げちゃいますよ〜?」

「死んでもいらない」


奴が槍を本当に自分の腕に向けたのを見て即答しておく
狂った奴は何しでかすかわからないからたまったもんじゃない
またしても残念そうな顔で槍を担ぐハスタ
いい加減こいつの相手も疲れてきた



「もういいから……どっか行けピンク頭」


「んーん、それじゃあ俺の名前呼んでくれたらお家帰るよう善処しちゃうんだりゅん」



心にもないことをよくもまぁ抜け抜けと
でもこの時の私はきっと頭に酸素がいきわたってなかったり身体に血が足りなかったりでどうにかしていたんだろう、馬鹿正直に奴の名を呼んでしまった


「どっかいってもしよけりゃくたばれ、ハスタ」


「はいはいよくできましたー」


純朴そうな顔をしてハスタは私を抱きかかえる
そういやこんな顔をした時が一番危ないって誰かが言ってたっけ、あれ、ということは私も危ないのか
いや既に危ない状態ではあったけども



「どこ連れてく気だ」

「宿。ご家族と一緒でしょ?あ、もしかしてリカルド氏がお父さん?」

「全然違ぇ」


確かにリカルドは老けて見えるがお父さんではない、はず
つか何でハスタの奴は私を宿に送り届けるとか、そんな義理ないのに、さぁ
なんか泣きたくなるよ、さっきまで自分を殺そうとしてた奴に優しくされるとか

ああこれが俗にいう吊り橋効果ってやつ?



「オレ、おまえの名前一文字も知らないけどさぁー」


「………」


そりゃ、戦闘直前に「で、お前ら誰だっけ」とか言う奴に自分の名前憶えてもらおうとかいう努力するだけ無駄だろうとは思うけど


「何か好きみたい、おまえのこと」



「…………は?頭湧いた?」



「この通り普通でゴザイマス」


よっこいしょ、とふざけた調子で下ろされた場所は今日の宿
奴はひらひらと手を振ってどこかへと消えてしまった

私はそれ以上何も云わなかったけれど次相対した時、どんなカオをしていればいいというのか




不運な月夜




取りあえず私が一番に考えなければいけないことは、この全身に浴びた血の言い訳だ
ベタにトマトジュースとでも言っておけば何とかなる、のか?


fin
09.0531.



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