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なまえは戦闘が開始される前から敗北を悟っていた
何故なら二年前もその前も、一度だって彼に勝てたことがなかったからだ
すぐ傍で気を失っているエミルとマルタの傷が浅いことや自らの身体にも深い傷がないことから、彼が峰打ちで手加減していたのを確信する

しかしそれでも痛む身体に鞭打って、ルーメンなんかどうでもいいと内心で思いながら彼女は青年の後を追う
その赤い背中は、二年前なんかよりずっと大きく逞しく、男らしいものになっていて
そして性格までもが知るものよりもかなり大人びてしまい、少しばかり笑えた



「ロ イドっ」



息も切れ切れにその名を呼び付けてやれば、青年はぴたりと立ち止まり進むことを止める
背後で扉が閉じ仲間と分断された女はそれすら気にすることなくロイドの背を真っ直ぐに見据えた
第二声を発しようとするが、戦闘の傷の処置もせず走ったがため膝から崩れ落ち、何とか両手を石床について倒れずに済んだ

人の肌と硬い床の擦れる音を耳にして、流石のロイドも振り返らずにはいられない
そんな彼を見て、なまえは目を細めた
やはり世間がどんな言葉でロイドを貶めようと、彼は変わっていなかった



「ロイド、私はね、信じてる。例え皆がロイドを悪く言っても、世界の全てを敵に回しても、私はずっとロイドの味方でいるから。だから、だからねロイド」



彼女は這うようにして前進する
例えどんなに惨めになろうとも、少しでもロイドとの距離を縮めたかった
何かを言いたそうに彼は唇を開き掛けるが、苦しみごとその唇を噛み締める
そんなロイドの苦しみやその他の蟠りを受け止めたくて、彼女は途切れた言葉を繋ぎ直した



「帰ってくるのはいつでもいいよ、でも辛くなったら私が何でも聞く。八つ辺りだって受け止める。だからお願い、いつか帰ってきてよ」


「ごめん」


言い終わる直前、女はロイドに抱き竦められた
短い謝罪と共に、強く強く抱き締められた

視界一面に広がる赤が目に痛くて思わず涙が滲んでしまう
心なしか、腕も力強く成長しているように感じた


「お前にそんなこと言われると、弱音吐きそうになっちまう」

「吐けばいいよ。ロイドは遠慮なんて知らない子だったじゃない」

「俺だって成長したんだぜ」


過去に比べ幾分か落着きを持った声が苦笑交じりに告げる
強がりに聞こえないこともないが本当に強がっていたのはなまえの方だ
既に視界がぼやけて上手く言葉が出せないでいる
もし吐き出したとしたらそれが弱音の類でありそうで、下手に何も言うことができない

ロイドはそれを察しているのか、厚手の手袋を外さないままくしゃくしゃと頭を撫でた
伝わらないはずの温もりが伝わってくるような気がした



「今はまだ、何も言えない。けど、いつか必ず」

「約束、だよ」

「ああ…ドワーフの誓い第十一番、嘘つきは泥棒の始まり、だ」


抱き締められている状態でロイドの表情を直接目にすることはできなかった、が、彼が二年前と同じ屈託のない笑みを、その時ばかりは浮かべていたのを何となくそう感じた
何よりも"ドワーフの誓い"と口にしたことが、以前のロイドが失われていない証拠だ



「よかった、ロイドは変わってない……」

「そう、かな」

「君はやっぱり相変わらず馬鹿だよ」

「……九九は覚えたぞ」

「ほら、やっぱり馬鹿だ」


一しきり笑うと、ロイドは元の冷静な顔に戻る
そして彼女は悟った、もう別れの時なのだと
ロイドは申し訳なさそうに身体を離し、目を伏せる

片手はなまえの首の後ろへ回された



「ごめん、なまえ。もう……行かなきゃ」



「また ね ロイド 、」



意識が混濁していき闇が訪れ、一瞬で意識を失くすなまえ
ロイドは寂しげに眉を下げ、掠めるようにして彼女の唇を奪ってからそっと床に横たえた
すぐに目覚めた二人の仲間が駆けつけてくることだろう

顔を引き締め、ロイドはその場を立ち去る


(流れた涙など、見なかったことにしよう)



ぎり、と歯を食い縛るロイドは自分にだけそんなことを言い聞かせてみるも、それで完結するには彼は色々なことを知りすぎてしまっていた
ただこの苦しさと孤独を背負うのは自分一人だけで十分だ、と

優しすぎる強さを持つ青年は固く拳を握り、次の目的地へと向かうことにした





今すぐ私を





(きっと馬鹿な俺はすぐに忘れることができるから)
(腕に残った温かさも、すぐに)


fin
09.0403.




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