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ケルベロスとウルカヌス





どこかの洞窟の、小さな祠の前
少年はそこに座り込み、祠の番犬、ケルベロスと向かい合っていた

「わんわん!創世力、渡さないわん!早く帰るわん!」
「まぁそう言わないでください、ケルベロス。私はそんなものに興味はありませんから」

世界を揺るがす力として有名な創世力を「そんなもの」と言い切った少年、ウルカヌスは
可愛らしいケルベロスの威嚇にまったく動じることなく、緩やかな微笑を湛えていた
彼がここに通い始めてからもう結構な時間が経っていて、最初は大人しく追い返されていたが最近ではこうして居座るようになった
その態度から本当に創世力に興味がないらしいことをケルベロスも感づいていて、警戒心は緩めなかったものの、ある程度は心を許していた

「うー……わん。それで、今日は何の話わん?」
「あ、はい。実はですね…昨日、お師匠の鍛えた聖剣がセンサスの王の手へ渡ったと聞きました」

言葉の意味がわからず、ケルベロスは三つの首を傾げる
ウルカヌスは嬉々とした様子で顔を輝かせながら、自分の台詞の補足を取りつけた

「聖剣はこれでラティオとセンサスを知りました。もしかしたら、あの剣によって、ラティオとセンサスを統合して天上を平和に導いて…創世力を手に入れる人が現れるかもしれません」
「わん…ウルカヌスがここに来た、寂しいからわん?」
「え?」

彼は思わぬ言葉に驚き、ケルベロスを見た
番犬は創世力を口に咥えたまま、丸い瞳で彼をじっと見ている

「いつもひとり、だからわかるわん。お前は寂しい、饒舌になるわん」
「そう、なのでしょう、か……」
「……わん、誰か来たわん、隠れるわん」

俯いて考えていると、人の気配を感じ取ったケルベロスが先刻までより幾分か鋭い声で言う
素直に従い、少し離れた位置の大きな岩影に隠れて、創世力の納められる祠の訪問者を窺い見た
ウルカヌスにとってどこかで見たことのあるような、片眼鏡をした優男、お世辞にも肉弾戦は出来そうにない

会話は聞こえなかったのだが、男は可愛らしい外見のケルベロスに何故か恐れを抱いているようで、腰が低い
わんわん、と吠えられれば、彼は情けない声を上げて逃げて行ってしまった

訳が分からず戸惑いながら、ウルカヌスはそろそろとケルベロスの元へ歩み寄る
去り際、その背にやはり見憶えがあるのに確信を持った

「あの人、ラティオの軍師様だ。確か、オリフィエル様、だっけ…」
「創世力渡せ、言ってきたわん。渡すわけにいかない、追っ払ってやったわん」
「彼も創世力を求めてここに……」

創世力があれば世界が変わるって本当なのでしょうか、という呟きに対し
ケルベロスは、当然わんよ、と答えた

「それより、ケルベロス。やはり私は寂しいのかもしれません」
「わん?」
「お師匠が父代わりなのは幸せです、でも、……いえ、すみません。貴方の前でこんな事を言うのは、間違いですよね」

自嘲するようにふっと笑い、ウルカヌスはケルベロスに手を触れる
身体を強張らせ威嚇したものの、そっと真ん中の頭を撫でてやれば、体から力は抜けていった


「また来ます、ケルベロス」
「うー、わん。もう来なくてもいいわん」
「そんなこと言わないで下さいよ、私達似た者同士じゃないですか」


暗い暗い岩に囲まれてひとりぼっち
ケルベロスは押し黙って、去っていくウルカヌスの背を見送る

「また、きてほしい、わん」

聞こえたのか聞こえていないのか、囁くほどの声量のケルベロスの言葉を受けて
ウルカヌスは振り返ることなく、同じく囁くように「またね」と言って、少年は立ち去った


それからぱったり、少年の足取りは途絶え、次の訪問者はヴリトラと、センサスの王、アスラだった
創世力を手にしたアスラが帰還する間際、口の寂しくなったケルベロスは独り言のように呟いた


「ウルカ、寂しいわんよ……」
「………ウル、カ?」

アスラは振り返って、その名を口にする
気付いたケルベロスは顔を上げ、どことなく期待を込めた瞳で彼を見つめた

「お前、ウルカを知ってるわん?」

だがアスラは瞑目し、口を真一文字に引き結んで、短く言い捨てるように答える


「いいや……知らんな」


アスラが創世力を持ち去ってから祠を訪れる者はめっきりいなくなり、やはりウルカヌスが現れることも無く
たまに顔を見せるのはヴリトラだけになって、そして天上が崩壊するまで、時間はそうそうかかりはしなかった




ケルベロスとウルカヌス


(また、あの夢だ)
(あの時ボクを真直ぐ見つめた瞳が、あんまりにそっくりすぎて、)

fin.
09.1025.


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