絶P | ナノ
ヒュプノスとウルカヌス
ひどい戦場の跡だと、淀んだ空の下で彼は思う
例えばこの死体の中にセンサス軍に属さない一般人がいたとして
自分がそれを殺していないとは言い切れない、咽喉に痞えるような感覚がある
「貴方は死神の方ですか?」
ヒュプノスが振り向くと、そこにいたのはまだあどけなさの抜けきらない少年
ラティオにもセンサスにも属さない境界の場所で、二人は邂逅したのだった
「貴様は…」
「申し遅れました、私はウルカ。ウルカヌスといいます」
「俺は、死神ヒュプノスだ」
丁寧にお辞儀をした少年の名はウルカヌス、刀鍛冶として名のあるバルカンの愛弟子なのだとヒュプノスは理解した
だが、少年が何故こんな血生臭い戦場跡にいるのかは分からない
そんなヒュプノスの疑問を感じ取ったのか、ウルカヌスはこどもらしくない、大人びた微笑を浮かべて話す
「武器を作る側として、つくられた武器がもたらす事象は理解していないといけませんから」
「………」
「天術はともかく、武器があれば殺戮はさぞかし効率よくなるのでしょうね」
そう言ったウルカヌスの目線の先には、喉元を裂かれて絶命した兵士
自身の武器である大鎌を、ヒュプノスは無意識のうちにぐっと握り締めた
ふと、そんな自分を見ているウルカヌスの視線に気がついて、彼は不機嫌そうに目を細める
笑っているはずのウルカヌスは、どうしてか表情が硬くなっていった
「でも、駄目でした。私に『死』を理解することはできないようです…実際に死んでみないことにはわかりません」
「…そうか」
「僕はまだ殺したことも殺されたこともないですし」
親に怒られた時のこどものように肩を竦めて、ウルカヌスは罰が悪そうにする
そしてまた、果てしない戦場の跡地、死体の積み上げられた地平線の向こうを見て、少年は澄み切った瞳のまま口を開いた
「これは、通りすがりのこどもから、一人の天上の住民への質問です」
「何だ?」
「この争いを終結させ、ラティオとセンサスを統合し、天上に平和をつくる誰かは、現れると思いますか?」
ヒュプノスはフードの下の双眸で少年と同じように荒んだ地平線を眺め、それから短く答えた。
「さあな」
そんな返答にウルカヌスは苦笑し、改めてヒュプノスへ向き直る
最後に、こどもらしい笑みで、別れを告げて
「またいつか会いましょう、ヒュプノス殿。できれば、平和が訪れた天上で……」
「ああ、そうだな。そんな日がくるのなら、またいずれ」
彼がふっと笑ったのを見届けて、ウルカヌスは去っていった
ヒュプノスもウルカヌスもまだ知らない、二人が再会を果たすのは平和が訪れた天上などではなく
一度転生した先の、酷く荒れ果てた戦場の片隅だということを、知る由もないのだから
それでもこの時、例え一瞬のことだったとしても、彼らは信じた
天上に平和が訪れるのだと、訪れてほしいと、願った心は確かに同じだったのだ
ヒュプノスとウルカヌス
(おはようリカルド氏。居眠りなんて珍しいな)
(ああ……夢を、みていた…ずっと昔、交わした約束の、な)
(ミルダくんのこと?)
(それとは別の約束…だ)
fin.
09.1022.
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