絶P | ナノ
不良不器用クッキング




ある晩、一行はいつも通り宿を取りそこで一泊することとなる
そしてやはりいつも通り、ジークは一睡もするつもりはなく、星の数でも数えて夜を明かそうと心に決めていた
珍しく個室で、誂えられたベッドに腰を掛け、一息つこうとしたところで

ガチャリ

ノックも無しに、無遠慮に扉が開かれる
そんなことをするのは一行の中で二、三人ほどしかいないと思われるが
ジークの部屋に入ってきたのは、不良少年のスパーダだった
彼は何故か、両の手で器用にお膳を三つほど持ち、ジークの部屋にやってきた


何を言うよりも先に、スパーダは簡素な机の上にそのお膳を並べ始め、そして一言



「食え!」



ジークも表情を全く変えずに、一言で返す


「いや、唐突すぎて意味がわからない」


尤もな物言いだったのだが、スパーダは腕を組んで仁王立ちして並べられた膳を顎で指し示す
まだ湯気を立てていたり、冷たい物は冷たいままで、出来たてであろう料理の数々は、ジークが見たことも無いものばかりだった
むしろそれらが料理であることすらも言われなければわからないほどに

説明を求めて座ったままスパーダを見上げれば、意を察したのか少年は誇らしげに胸を張る


「お前から見て右から順に、チーズと魚介を絡めたディップ、鴨肉とジュレを添えたテリーヌに、スモークサーモンのサラダ、貝とタコのマリネ、それからポルチーニのスープポットパイだ」

「ああ……あれか、『パン切れに乗っけて食うと美味い』やつ」

「おう、ついでにそのパンも焼きたてほやほやだ」


以前レグヌムで、ルカとスパーダ、ジークとコーダの間で話題に上がった、聞いただけで上流階級の食べ物だとわかるそれらが
何故目の前に並べられたのか分からないので、ジークは隻眼を細めて色々と思案する
その間にも射抜くように見据えてくる、スパーダの視線が痛い


「食・え!」

「いや、何故こんな…」

「何故もクソもねェ、これがテメーの今日の晩メシだ」

「少し多すぎやしないだろうか」

「いいから食え、テメーはいつでも食わなさすぎなんだよ」

「…………、御馳走様」

「って、一口しか食ってねーじゃねェか!!」


パン切れを一口齧って手を合わせれば、スパーダに頭をどつかれジークはベッドに倒れる
突然のことに驚きながらも上体を起こして彼の様子を伺えば、若草の少年はどこか不機嫌そうな顔をして、眉を潜めこちらを睨んでいた
機嫌を損ねてしまったらしいことは分かったが、その原因が不明なのでジークにはかけるべき言葉を見つけだすことはできなかった
それから間もなく、スパーダは踵を返し背を向け、部屋を後にしようとする


「おい、スパ、」



 バタ ン



言葉を遮り、大きな音を立てて扉が叩き締められた
後に残ったジークはどうしていいかわからず、机に残された料理から立ち上る湯気がだんだん減っていくのを、ずっと眺めていた












ガチャ、



「おっじゃまっしまーす」



ノックも無しに入ってきたのはイリアだった
スパーダの他、ノック無しで部屋に入って来そうな人間といえば、イリアとエルマーナくらいで
部屋の前で一度とまる足音から想像していたので、ジークは特に驚いたりせず彼女とルカが入ってくるのを見ていた
ルカはノック無しで入ったことに罪悪感を感じているらしいが、イリアがそのことを気にする素振りはない

何の用だろうかとジークが尋ねるよりも先に、イリアは『それ』を見つけて瞳を細めた
ルカも、小さく「あ、」と零してどこか気まずそうにしている

二人の目線の先には、数十分前にスパーダが持ってきた、三枚のお膳
料理は既に、完全に冷め切ってしまっている


「あんた…それ、食べなかったの?」

「…ああ、それがどうかしたのか?」


首を傾げて、ジークは問う
普段から彼が夕食に限らず、出された朝食や昼食、体力の回復を目的とした食事だって残すことが多々あった
それをどうして今更疑問に思うのかと、彼はイリアに対して逆に問い返したのだ

眉を下げたルカが、やはり気まずそうに口を開く


「それ…スパーダが作ったんだよ」

「あいつ、料理できたのか」

「この前ナーオスに行ったでしょ、その時ハルトマンさんに教わったんだって」


言われてみれば、と、ジークは冷めた料理を見て思う
この宿の献立にしてはいささか豪華すぎるものであるし、よく見ればそれは洗練されたものではなくどこか不格好だった
特にスープポットパイのパイなどガタガタに型崩れを起こし、何らかのオブジェのようにすら見えてくる

眺めていると、スパーダがハルトマンに料理指導を受けている場面が目に浮かぶ
剣術の指導はかなり厳しかったようなので、料理の指導も、きっとそうなのだろう


「いい?その料理は、スパーダが、あんたのために作ったのよ。あ・ん・た・の・た・め・に!」


イリアが台詞の一つひとつ、特に最後をいやに強調してそう言う

(奴は、私に、これを食べてほしかった?)

だから怒ったのだろうかと、ジークは無言のままで考えた
一度イリアを見上げれば、彼女はいつものように極悪な笑みを浮かべてはおらず、珍しく真摯に訴えかけているようだ
ルカは何も言わなかったが、体からは「スパーダの意を汲んであげて」と言いたいらしいオーラが発されている

ジークはもう一度、冷めた料理に目を落とす


ぴくり、彼の手が動くのを見て、イリアはルカに声をかけて部屋を後にした
最後にルカは振り返って言う


「スパーダは自分の部屋にいるからね」、と



再度残されたジークは迷うことなく料理を口に運ぶ
元々まともな育ちをしていないのでマナーなど分からない、しかし一人なのでマナーなど弁える必要がない
味を堪能する暇があれば結構な量のある料理を口に含んで、頬張り、飲み込んで
こんなに腹が膨れたのは初めてかもしれないという感想を苦しさと共に抱いた頃、皿には何も乗っていなかった











ガチャ


「少年」


ノックをしない人物リストの伏兵、ジーク
少しだけ急いだ様子でスパーダの部屋に駆け込み、息を切らしている
当のスパーダはベッドに横たわり、目を閉じていた
トレードマークのキャスケット帽はベッドの脇に置かれていて、開いた窓から入る風にさらりと髪が揺れた

寝ているか起きているかはどうでもいいとして、ジークはつかつかとスパーダの傍に歩み寄る
腰を落とすことも無く見降ろして、淡々と言葉を紡いだ


「美味かったぞ」


淡々と、淡々と


「私の為に作ってくれたんだってな。何故かは分からないし、見たことも無いものばかりだったがお前の言うとおりだった。パン切れに乗っけて食うと美味い。だがもう少し量を考えてくれ、お陰で腹が破裂しそうだ」


若干眉を寄せて腹部に手を添え軽く擦るジーク
反応がないスパーダを見て、恐らく眠っているのだろうと思い、一度目を伏せてから立ち去ろうとする、が



「待てよ」



呼びとめられたので、振り返る
スパーダは欠伸をしながら体を起こし、ぐしゃぐしゃと頭を掻き乱していた


「起きていたのか」

「最初っからな」


剣士たるもの部屋に入ってきた気配に気づかずどうするよ、と彼は意地の悪い笑みを浮かべて言う
それもそうだとジークは納得し、頷いてから立ちあがったスパーダを見上げた
どうすればこんなに悪どい笑い方ができるのだろうかとたまに疑問を抱く

そんな思考内容を知る由もないスパーダは、ぐしゃり、彼の黒い髪を掻き混ぜるようにして撫でた


「美味かったろ、」

「ああ」

「練習したんだぜ」

「パイの形が潰れたオタオタみたいだったけどな」

「……それでも練習したんだっつの」


拗ねたらしいスパーダは唇を尖らせ弁解を図る
元より冗談だったので、「わかっている」と返したジークは、しっかりとスパーダに向き直り、真っ直ぐと彼を見つめる
こんなにも真っ直ぐ見詰められたことがない少年は一瞬呼吸が止まり、その代りに心臓が煩く鳴り響いた



「スパーダ」


「お、おう」



その声で滅多に呼ばれない、名前
直後、目の錯覚かもしれないが、普段からほぼ変化を見せない表情が柔らかくなって
緩く弧を描いた蒼白い口唇が、今この瞬間スパーダにとって最高の賛辞を、述べる



「ありがとう、美味しかった」



本人はそんなつもりはないのだろうが言い逃げして、扉へ向かおうとするジークを咄嗟に呼び止めて
振り向かれるよりも早く、ジークよりも数倍逞しい二本の腕が伸べられた













(変な意味じゃなく、こいつって案外可愛い)
(俺が似合わない努力したのだって、報われた)



(今日の少年は変だ、確実に)
(いい加減苦しいから、放してくれやしないだろうか)




fin.
09.0828.
ほれんそ様へ
この時扉の隙間からイリアが覗いてイヒヒ笑ってます、ルカはいるけどオドオドしてます、という裏設定


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