絶P | ナノ
路地裏事変







青い蒼い空の下

それは海の色にもよく似ていた






スパーダは王都レグヌムの路地裏を歩く
彼が身に纏っているのは、王都所属海軍の制服だ
あれだけ荒れていた不良が国軍に所属するなんて、誰が想像できただろう


騎士になれずとも誰かを守る仕事について、自分に誇りを持ちたい

それがかの少年―― いや、青年の、選んだ道だった
幼さの抜けた精悍な顔つきは、確かに誇りを持っているように見える
しかしそれでもなお路地裏を選んで歩いてしまうのは
まだ、長年培われていた不良としての性質が身に染みついているからなのだろう

ふと、スパーダは悠々と歩を進めていた足を止める
その足元には、かつて、あの少女と出会ったマンホールが合った
旅を終えてからは暫く、エルマーナが子供と一緒にここを利用していたのだけど
彼女が成長し、地下水道という隠れ家を必要になってから久しい
数年ぶりに顔を合わせた六人の中で最年少だったエルマーナは、もう十分に成長し、大人になっていた
マンホール一つにそんな思い出があるだなんてきっと誰も知る由もない

そして、もうひとつ
彼にとってこのマンホールにある思い入れは、一つだけじゃない


「ジーク……、」


スパーダは無意識のうちに、ぽつりとその名を呼んだ

いつまでも立ち止まっているわけにもいかず、スパーダは先刻よりもどこか力のない足取りで歩きだす
もうあの日から数年経ったというのに、彼女は異常なまでに見つからず、目撃情報もなく、正に音沙汰なし
生きているのか死んでいるのかも分からない
後者であればそれはとても哀しいこと、しかし結末を知れたなら彼女を忘れずにいれる
前者であれば尚良い、どこかで生きていれば、そのうち相見えることもあるだろうから
だけどどちらかも分からない場合、不安と靄しか残らない

そしていつしかジークという存在を忘れてしまいそうで、尚更不安に駆られる
生きていると、信じることしかできないなんて


(まぁ、あのピンクのクソ野郎はどうでもいいけどな)

自分をマイナス思考の底辺から引き摺り上げようと、スパーダが心の中でそう一人ごちる
桃色の殺人鬼が出没したという噂も、ここ数年聞いていないのだ
人を殺さないという約束を守っているのか、それとも、もう―――


路地裏から出て大通りに差し掛かると、住宅街が見える
今日は何だか人通りが多いようだった
恐らく商店街で安売りか何かをやっているのだろう、証拠に壮年の女性たちが手提げ袋に食材をたっぷり入れて歩いていた

めんどくせーな、と口の中で呟き舌打ちしたスパーダは、若草色の髪を鬱陶しげに掻き上げる
そんなに長くない前髪だが、心なしか視界が広くなったように感じた
そうして広くなった視界の端に、何か、映る
人込み、雑踏、行き交う人々に紛れている、でも見つけやすい、何か

それはとても忌々しいような、忘れてしまいたいような、淡い桃色
神経の一端が憎々しげに吐き捨てる、『あんな腹立つ色無視しちまえ』と
だけどどうしてそれが忌々しいのか、腹立たしいのか忘れてしまいたいのか
それすらも忘れかけてしまっていた『今すぐそっちに目をやらないと後悔するぞ』もっと強く心のどこかが叫ぶ



スパーダは灰色の双眸を大きく見開いて、桃色を追う


改めて捉えたそれは長身の男の、短髪の色

彼の隣を歩くのは、鴉の濡れ羽色の長髪を三つ編みにして結う、線の細さから恐らく女性



確証はない
あるはずもない
正面から見たわけでもなく、しかも一瞬しか目に入れることは敵わなかった
何故なら二つの背中はすぐに人込みに紛れて消えてしまって
名を呼び引きとめようと考える隙すらもなかったのだ
彼らが消えた方向は人の波が多く、追いかけ確かめることなど不可能に等しい


きっとそれでも、無理だと分かっていても、数年前の彼なら追いかけていたのかもしれない
現在のスパーダは、一瞬驚いて呼吸を忘れていはしたものの、直後にはふっと笑って、肩を竦めた

スパーダには分かる
ジークとハスタが生きていたということ
元気にやっているということ
背中を見ただけで分かってしまった

何故なら彼ら三人は、血を分けていなくても、兄弟だった
異能の力が消え失せても、手に入れた記憶や繋がりは無くならなかった


「ちぇ、幸せそうにしやがってよ……今度会ったらイリアにでもチクってやるぜ」


そうは言うが、スパーダの口元や頬は緩んでいた
やはり追おうとすることはなく、ただどこか上機嫌な様子で、ベルフォルマ邸への帰路へとつく
もう今後、当分帰る事はないと覚悟を決めていた
直前に二人の存在を確かなものとして知ったから、余計に勇気づけられた


(次会ったら、とことんイジり倒してやっから覚悟しとけよ)



青年の足取りは強く、真っ直ぐに
ジークとハスタが歩んだであろう方向とは真逆へと、足取り確かに進んで行った

人込みに紛れる青年は、強く強く、確立されているようだった


旅は終わってもまた始めることなんて容易い
ただ、進む方向や目的地が異なるだけで



青く澄み渡った空の下

誰もが足を止めることなく、自分だけの物語を綴っていた






(これで、おしまい?)



to be continued...?
10.1031.
( It doesn't end )


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