絶P | ナノ
手繋ぎ微笑









「なあ、」

「なぁに、兄さん」


黎明の塔の瓦礫に背を預け足を投げ出し座るジークと
彼女の膝に頭を乗せてそちらへ視線を寄こすハスタ
まだ頬に血の気は戻らないが、意識だけは嫌にはっきりしているようだった

ハスタはジークの手を取り、魚の腹よりも白い自らの頬に導く
その様をまるで他人事のように眺めながら、彼女は口を開いた


「もう、人は殺さないことにしよう」

「なんで?」

「お前と一緒にいたいからだ」

「なんで?」

「なんでもだ。頼む」

「じゃあ、いいよ」


純粋な疑問符を浮かべていたハスタは、それまでのことが無かったかのように肯定する
あの殺人鬼ハスタ・エクステルミが、だ
赤い槍とその身一つで戦場を駆け、更に槍を真赤に染めたという恐ろしい殺人鬼
傭兵の仕事というよりも、人殺し自体に愉しみと愉悦と価値を見出していたこの男が

ただ―――彼の槍はもうない

二人のすぐ傍、硬い石の床の上に、かつてハスタの愛槍だったそれは転がっていた
真っ二つに折れて、刃は砕かれて、転がっていた


数分前、黎明の塔の更に上階を目指すルカ達だったが、スパーダだけが彼らと一緒に走りださずにいた
スパーダはジークと視線を交え、それからハスタを一瞥し、最後に彼の武器である長槍を見た
どうしたのかとジークが問う前に、彼は双剣を振るい閃かせる

 バキ ン

鈍い音がしたかと思うと、槍は柄の真ん中から綺麗に折れていて
もう一度スパーダが剣を振るえば、今度は甲高い音がした
ばらばらと砕けたのは、禍々しい槍の穂先


『テメーらにはもう必要ねえだろ』


今までルカ達をこれでもかと言うほど苦しめてきたその槍は
スパーダの手によって、あまりに呆気なく、あっさりと、壊れた



「槍がなくても殺せるけど、ヤル気が出ないぷー」

「なら、それでいいじゃないか」

「オレは元々兄さんさえいてくれればそれでよかったけどねェー」


ハスタの軽口に、ジークは思わず吹き出した
あくまで彼が本心からそう言ってくれているのを知っているからこそ、笑ってしまった
二人がこの現世で初めて出会った時と比べて、表情が豊かになったジーク
まだ顔を自身の乾いた血で汚す青年は、どこか嬉しそうに笑ったが、普段の不敵な笑みに紛れて消えた

だがそんな緩やかな時間は長い間続かない
続けられるわけがない
何故ならここは戦場の真ん中、戦乱の中心なのだ

ルカ達がハスタの命とジークの離反を見逃したからと言って
誰もがそれと同じようにしてくれるはずはない

そろそろ彼らはマティウスの元へ辿り着いただろうか
そろそろ黎明の塔付近に群がる王都とアルカの兵士が押し寄せて来るだろうか


予想通りその時はやってきた
何やら今まで以上に下が騒がしくなった
もう時間は残り少ない、らしい
今にもアルカの兵士を突破した王都軍が来るのかもしれない
当然、ここにいるジークやハスタを見れば、敵と思い襲いかかって来るだろう


「長居はしていられないようだ」

「兄さんと一緒ならオレ、死んでもいいけど?」

「冗談はよせ……歩けるな?」


きゅぴーん、と奇声を発しながら立ち上がったハスタ
直立不動ではいるものの、彼の白かったシャツは元からそうであったかのように真赤に汚れていた
確かに深い傷も天術で塞がったが、失血までは補えないので
戦力としてジークが考えることはなかった

(尤も武器がないしな――― )


「ジークは?」

「ん?」

「ジークは、殺すの?」

「そうだな……いや、殺しはしない。お前に課したんだ、私も同じになる」


言いながら彼女は腰のポーチをごそごそと漁る
これまでいたる所で使って来た投げナイフは、いつの間にか残り少なくなっていた
グミやライフボトルの類も、ジークが持っていた分は全て先刻ハスタに与えてしまった

常人なら絶望的と取るであろうこの状況
しかしジークもハスタも、そう思う神経を持ち合わせていなかった
立ったまま何をするでもなくゆらゆらと左右に揺れるハスタを背に
ジークは両手の指に武器を挟み、じりりと地面を踏み締めた
勢いに任せて突破しよう、そう考えていたのだけど


「あ、そーだ」

「……今度は何だ、ハスタ」

「ジークのさ、本当の名前って何てーの?」

「何故このタイミングでそれを聞く…」


流石のジークも、珍しく湧き上がっていたやる気的な何かを殺がれたのか、一旦構えを解いて振り向く
そこには想像外に真剣そうな表情をした青年が、血色の双眸を真っ直ぐに彼女へと突き刺す
彼が思いの外真剣だと察したジークは、困ったように眉を下げて「何故、聞くんだ」ともう一度問い掛けた


「調べたんだ、オレ。ガラム出た後、ジークのこと知りたくて。でも分かんなかったりゅん」

「…………」

「どうでもいいことは分かったぜぃ。アシハラとレグヌムとナーオスのギルドを渡り歩いていたこととか、テノスで生まれたこととか、ガルポスで―――」

「ハスタ、」

「……けど、名前。今はただそう名乗ってるだけなんだろ。教えてプリーズ?」

「………じゃあ、こうしよう」


怪我をしているというのにおかしなポーズで指差すハスタ
頭を掻いたジークは妥協案とばかりに、言うのだけど


「私に名はないんだ。ハスタ、お前がつければいい。ウルカヌスの生まれ変わりである私に、名を、与えてくれ」


「オレが?」


純粋に、彼女自身が望んでいることのように思えた
だからハスタは鷹揚に頷いて、ケタケタと笑った

ジークは決して言わなかった
この塔を生きて出られる確証がないことなど
彼も分かっているだろうから
でも、だから、言っておきたかった


「どんな名をくれるのか、楽しみにしている」

「オレのネーミングセンスは天下一どころか宇宙一だということをご存知かいシャチョーさぁん?」


今、生きて、出会えたのだから
もう二度と繋がりが建ち切れぬよう、楔を与えてほしかったのだ
ジークはゲイボルグのことを知っているがハスタの事をまだよく知らない
ハスタはウルカヌスのこともジークのこともよく知っている、何故なら二人はよく似ていた

不意に、ハスタが後ろからジークの手に触れる
武器を持つ手をそれごと握る青年の手は、とても大きく、だけどまだ冷たかった


「兄さん、大好きだりゅん」

「それは有難い話だな」


ジークは今度こそ、駆け出した
既に眼前まで迫っていた王都軍の兵士を蹴散らすため
一度離れ離れになり、しかし再び繋ぐことができたその手を守るため




(お前の力を頼らせろ、ウルカ。最後くらいいいだろう?)



(頭の中のどこかで、少年は優しげに微笑んで、首肯した)





[] | []

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -