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もうひとつの小径





――― ガチン


銃声の代わりに響いたのは、どこか抜けた金属音
当然銃弾は発射されず、何故かというと撃鉄に指が挟められていたからだ
いくら銃の扱いに不慣れなジークでもそのような初歩的なミスを犯すはずもなく

しかしスパーダも、誰も彼女を止める事は叶わなかったはずだ


では、誰が ―――





「なん、ちゃって。息止めてみたんだけど、本気に、し…た?」



銃身ごと撃鉄を握り止めていた手は血の軌跡を残して滑り落ち
べしゃ、と血溜まりを跳ねさせた手は、紛れもないハスタの物だった
今しがた死んだとばかり思っていたハスタが、生きている

生きている

顔を歪めて尚も笑みを浮かべるハスタに、一同は何も言えないでいたが
彼が口から血液を撒き散らしたその時、ジークが逸早く自分が何をするべきか察し、動いた
ジークはハスタの手を握り、天術『ヒールオブアース』を発動させた
体中の浅い傷はみるみるうちに塞がっていく

だが胸に空いた穴だけは塞がらず、どくどくと血が生命力と共に逃げていった


「へい、ベイベ。オレの芝居に騙されて自害しようだ、なんて、兄さんにも可愛いとこありマスです、ね」

「…うるさっ、喋るな馬鹿!」


使える治癒天術が一つしかないため、彼女は何重にも『ヒールオブアース』をかけていく
しかし回復は間に合わず、へらへら、へらへら、ハスタが笑い声を漏らしていく合間にも、血が流れた
このままではやはり彼は死んでしまうと、ジークは直感的に理解してしまっていた
そして周囲で何も言えずただ見ている彼らも知っている、ハスタが今度こそ命を失うこと

このままじゃ間に合わない
また守れず、離れ離れになってしまう

そう思えばジークは頭が真っ白になって何も考えることができなくなる
唇は勝手に開いて、喉が震えて、声を絞り出した



「いり、あ。アンジュ、たのむ…助けて…」


「…何言ってんのよ、あんた……そんなことできるわけ、ないでしょう」

「わたしも反対、だな。その人、復活したらまた人を殺すだろうし」


イリアとアンジュの言葉は間違った事を言っていない
むしろ正しいことで、ハスタをここで助ければやはり彼は繰り返すのだろう
死ぬまで殺し続ける、それがゲイボルグの生まれ変わりであるハスタの宿命

(そんなもの……!)


「たのむ、一生のお願いだ!私が絶対にこいつに人殺しをさせない、もしどうしても止められなきゃ私がこの手でこいつを殺す!」


もう嫌だった
殺させるのも、殺されるのも
もう失くすのは我慢できなかった
目の前にある命が滑り落ちていく感覚は
一度きりで十分だろう


「たのむ、イリア、アンジュ!私はもう一度こいつを死なせるなんて、耐えられない…!」


本当は今すぐその肩を掴んで、天術の発動を止めさせたい気持ちに、スパーダは駆られていた
だけど普段無表情を貫き通していたジークが
以前少し声を荒げただけでのどの痛みを訴えていたジークが

その態勢を全体的に崩し、半分涙声になりながら、全力で懇願しているのだ
相手が宿敵だろうと大量殺人鬼だろうと、どうして止められるというのだろう

スパーダは眉間を狭くして、不機嫌さを露わにしながら
吐き捨てるように、いや、実際にその言葉を忌々しいものとして吐き出した


「…オレからも頼む、イリア、アンジュ。ハスタのクソ野郎を助けてやってくれ」

「スパーダ、あんた…」

「…本気、なのね?」


両手を血で濡らし、放っておけば力尽きるまで天術を発動し続けそうなジークを目に、スパーダは頷いた
一行の中で一番因縁深いであろう彼が言うならば、イリアとアンジュにそれを拒む理由などなかった
本来リカルドも因縁が深いと言えば深いのだが、彼は大人の余裕を持って止めることをしない


「…っすまない、恩に着る…みんな」


イリアとアンジュがキュアを発動し、ハスタの体が淡い光に包まれる
混濁していた意識を引き戻された青年の目に映るのは、イリア


「あ〜……誰だっけ、イブラ・ヒモビッチさん?」

「徹頭徹尾半端なく違う!―――って、なにこのデジャヴ…」


苛立ちは彼女の中で巻き起こるも
どうしてか苦笑へと変換されて、それきりだった
きっと普段より何倍も口を開く回数が少ないからなのだろう、ただしその内容は相変わらずだったが
もしくはイリアの好きな彼女と、よく似ているからなのか

少しずつ体温を取り戻していく殺人鬼の手を、握るジーク
今まで見てきた表情のどれよりも、安堵している彼女の様子を見て
アンジュはそっと目を細める
なるべくスパーダの方は見ないように努めた


スパーダは人知れず唇を噛み締める
口の中に血の味が広がって、不快だった
だが、更に不快にさせる要素であるはずのジークとハスタからは目を逸らさない
逸らせない

逸らしてはいけないのだ



「スパーダ、大丈夫…?」


スパーダを気遣ったルカが恐る恐る彼の顔を覗き込むが、容赦のない鉄拳が彼の頭部を打ち抜く
「わ、大丈夫かルカ兄ちゃんっ」慌てて駆け寄ったエルマーナに撫でられながら、ルカは二つの瞳に涙を浮かべた

「ケッ、うっせーよ…!」

「失恋直後くらい放っておいてやれ、ミルダ」

「テメーもうっせー!!」


「スパーダ」

今にも抜刀しそうな少年を止めたのは、かつて彼を好きだと嘯いた少女
その隻眼に出会った当初のような濁りはなかった
だからと言って明るいわけでもなかったが
紅玉の瞳はどこまでも真っ直ぐに、スパーダを射抜いていた


「私はお前が好きだ」

「ああ」

「だが、こいつの傍を離れることが出来ない」

「ああ」

「どちらの気持ちも嘘じゃない、だから、無理を承知で頼む」

「……なんだ」


己を射抜かんほどの視線を真正面から受け止めて、スパーダは更にその上を行くような眼光でジークをねめつける
当然動じるはずもないジークだが、彼女は少し、ほんの少しだけハスタの手を握る力を強くした
無論そのことは、当人たちだけが知っている


「もし、私がこいつを止められなかったら、前世と現世の責任を果たせなかったら………」


言いづらそうにしているジークを一瞥した少年は
忌々しいと言わんばかりに舌打ちし、帽子の上から乱雑に頭を掻く

言われるまでもなかった
彼女直々に言うまでもなく、彼は元よりそうするつもりであったのだから


「……言われなくても殺してやるっつの。お前も、そっちのクソ野郎も」


その台詞に躊躇いはない



「そうか……よかった」



芯の強い声を受け止めて、ジークはまた、安心したように笑った
その顔を愛しいと感じるからこそ
スパーダはまた舌打ちをして、顔を逸らすのだった





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