絶P | ナノ
It's Good day. (Epilogue)









(あの時の事は今でも思い出せる)


彼は恐らく、世界で唯一愛していると伝えた相手の目の前で死に絶えたにもかかわらず、全てをやりきった安らかな顔をしていた
アシハラの少女は故郷の国王の元へ、アルカ教団の長は彼女を心から慕っていた団員の元へ引き渡した(そう、あの犬少年は何だかんだで泣いていたな)
しかしやはりというか、あの青年の引き取り手はなく、彼に『愛された』彼女が予め予想していた通りに遺体を引き取った
彼の"元"弟の手を借り、墓標には彼が愛用した槍を突き立て、彼女がいつも身につけていた眼帯を絡める
いつあの男が休息を終えて約束を果たしに戻ってもいいように、元西の戦場であった森の奥、ひっそりとした場所にそれはある
元戦場跡など誰も近づく事がないだろうし、鬱蒼とした樹の陰になっているから雨風に晒されることも少ないと、提案したのは意外にもその"元"弟だった
当の本人は彼女と一緒になった後も、忙しい事が多く、だがそれも仕方が無いだろう


(馬鹿な奴だ。私と一緒になりたいからと言って親や兄達の反対を押し切り私を選ぶなどとは大馬鹿のすることだ。だが彼と仲のいい兄上殿には割と歓迎されたような気がする…それはよかったのだが、何も家を出ることはなかったんじゃないのか。ああ、家にいたらいたで寝床に毒蠍やら食べ物にガラス片やらで苦労するとは言っていたが。それにあまり文句やお小言を聞かずに済むとか。だけどそうまでして私と一緒にいたかったのだろうか、やはりあいつはかなり馬鹿だ。その仲のいい兄上殿に口をきいてもらった海軍士官学校はそれなりにキツイと下手な手紙に下手な字で書いていたな、最近文字の読み書きを完璧にした私にはよくわからなかったがあの時はハルトマン殿に読んでもらったんだっけ。…それでも彼は海軍で佐官になって、きっと今頃レグヌムの沖合辺りでいくつかの小隊を率いて治安を守っているのだろうか、腕がいいだけあって出世は早かったような気がする。でもそろそろ一度帰ってきてほしい、あいつが父親に会いたいとぐずって敵わないんだ。あの若草色の髪と感情の豊かさは父親似で、赤い目は私の遺伝だな。ハルトマン殿に預けてきてしまったが悪い事をしただろうか、彼ももう年だし無理させるわけにいかないと奴が言っていた。…そう思うならこまめに帰ってこい、そこまで我武者羅に働かなくても軍人なだけあって収入は安定してるんだから大人しく帰ってくればいいものを。いや、正直に言おう帰ってきてほしい、私ともあろうものが寂しさを感じている。八年前の私なら在りえなかっただろうに。まぁもうすぐの我慢だ、この前の手紙にはそろそろレグヌムに屋敷を構えたいと書いていた。どれほど溜まっているのかは知らないが、私がギルドの仕事で溜めたガルドも少なくない、というか多いからきっと何とかなるはず。屋敷が建ったらそこにハルトマン殿を召抱えるのだと、何年も前から夜語りにそんな話をしていたな。何というか、そんな日が来るのはとても楽しみだ。息子も喜ぶだろうしきっとハルトマン殿も喜んでくれる。何より私が嬉しい。…そうなると、もう頻繁にここに来ることはできなくなる。時間が空けばここに来るようにはしているが、逆に言えば、あいつが私の傍にいてくれる時は来られない、何故なら彼は私がここに来るのをよく思っていないから。目を離した隙にここに来るのはまぁ、目を離した方が悪いのだということにしておこう。)



それより、女には気になる事がある、前回ここへ墓参りに来た時にはあったはずの眼帯が、なくなっている
風で飛ばされたのかと周囲や樹の上を探してみたが見つかる事はなく、諦めた
諦めて、墓標の前にただ座っていると、久し振りに腹部の古傷にピリリと痛みが走り顔を顰める
八年前あの青年に刻まれた二つの傷跡は薄くなってはいるものの完全には消えていない、恐らくこの先も永遠に消えないだろう
切り裂かれた髪は、流石に八年もあればいくらでも伸びて、今は背中辺りまでの長さだったはずだ
考えている最中にも古傷が煩わしく痛み、服の上から触れてみればやはりというべきか、目に見えるような異常はない
ふっと息を吐き出した時、すぐ後ろに小さな気配を感じた

「お兄ちゃん、そこで何してるの?」

振り返ればそこに立っていたのは六、七歳ほどの少年だった
例の眼帯を持っていたのは彼で、サイズが合わないのか装着するでもなく首にかけていた

尋ねたいことは多々あった


(何で子供がこんなところにいる)
(両親はいないのか)
(どうしてその眼帯に興味を持った)
(何故八年前から比べて雰囲気も変わった私を男と思った)
(何で)
(どうして)
(何故)



だがそれらは全て口に出すまでも無かったようだ
少年はにぃぃ、と唇で綺麗な弧を描いて、女へと笑いかけた
そして森全体をざわざわと揺らす優しい風が吹き抜け、少年の、淡い桃色の髪を撫ぜていった

「お久しぶりだぽん。ちょいときゅうけい取りすぎちゃったね、オレ」

相変わらず、幼さを感じさせていながらその口調は特徴的で、流石の彼女からも苦笑を誘った
少年は舌足らずにそう言うと小走りで近寄ってきて、再会を喜ぶように女へ抱きついた

 ―― バ キン

刹那、墓標としていた槍の柄が真っ二つに折れて草地に横たわった、もうその役目は終えたのだ、約束は果たされたのだから
女は昔と比べて随分自然に浮かべられるようになった笑顔のまま、少年の桃色の頭をそっと、我が子にするかのように優しく撫でた
そして眠っていた子をあやすように、耳元で小さく囁く




「おはよう」






(それからやっと言える。おやすみ、ハスタ)

Say good bye.
10.0408.


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