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別れが初まり









レグヌムとガラムの間に第一回目の講和会議が開かれた
交渉の場を用意したのはテノスである
アルベールという名の貴族が会議実現の立役者であるそうだと、街の人たちはそんな噂を口にしている
アンジュは大いに喜んだが、現実主義者のリカルドは枢密院が裏で糸を引いていると疑い彼女の機嫌を損ねた

本当の所はわからない
ジークはあの時オズバルドが言った枢密院がいないという言葉が気になった
結果はどうあれ、彼の傍にいたのはハスタだ
彼ならば枢密院を数分で征討することなど容易いことだろう

だけどいつの日か、為政者がまた現れ、彼らの都合で再び戦火に包まれ大地は火の海に沈み始めるのかもしれない
しかし何を信じるのも個人の自由だ

だからこの先いい未来になることを信じるのだって、誰も止める権利を持たない自由な事だ
誰かが何かを信じている限り、世界に終りが訪れることはないだろう







お別れはレグヌムで
おたんこルカと出会って全てが始まった場所だから、イリアがそう言った

思えば、スパーダとジークが出会ったのもレグヌムだった
それは二人の不幸が合い重なっての偶然で、きっとあのマンホールを一生忘れる事はない
そんな事を話す彼らは、終始笑みを絶やさずにいた







彼らは町はずれに集まり円になった
ルカ、イリア、スパーダ、ジーク、アンジュ、リカルド、エルマーナ
長い旅を経て多少、または大きく変わった彼らだが、だけどどこも変わっていないようにも見える
笑い合い、涙を流し、怒鳴り合って、たまに遊んだ友達

それなのに―――その終わりは目前にある


「この旅も、終わりだね」


イリアがしみじみと言う


「何だか不思議だな。ずっと続くと思ってた。皆と一緒に、ずっと」


ルカの言葉に、リカルドはふっと鼻を鳴らした
まるでこれが最後などと感じさせることのない、いつも通りの感覚で


「旅などいつでも出来るさ。いくつもの旅が重なって、それが人の歩んだ人生の軌跡となる。その時々により道や目的地は異なるだろうし、同行者も違うものだ」


いつでも助けられてきたリカルドの、大人の意見
これが最後になるのかと改めて考えると寂しくもあったが、ルカは敢えて頷いた
旅の終わりを惜しんでいては次の旅を楽しめないから、と

満足したのかリカルドは、「それでいい」と言って薄く笑った



「みんな、これからどうすんの?」


イリアの問いに最初に応えたのは、リカルドだった
彼はやはり大人であり、次の目的が明確にあるのだ


「…グリゴリの連中が気がかりでな。ガードル亡き指導者不在の中、混乱している事だろう。俺があいつらを解放してやりたい」


彼の至って真面目な台詞に、スパーダが感心したような呆れたような溜息を漏らした


「そらまた過酷な道だな。あんた、貧乏クジじゃねぇ?ソレってよォ」

「はっ、所詮ガキにはわからんよ。責任を果たす喜びはな」


では、世話になったな
短くそうとだけ告げて、早々と立ち去ろうとするリカルドの背に
アンジュとエルマーナとジークが声をかけた


「リカルドさん。あなたを雇ってよかった。心の底から、そう思っています」

「バイバイ、リカルドのおっちゃん。また遊びに来たってなー」

「またなリカルド氏。ギルドで会うこともあるかもしれないが、出来るだけ顔を覚えておくようにするぞ」


彼は振り返らず、軽く手を上げて大通りの方へと足を進める
黒尽くめの広い背中はすぐに雑踏へと消えた

その背を見送っていたルカが、やがてエルマーナへと目を向けた


「えーっと、エルは?」

「そやね、取りあえず、ウチが面倒見てた子らの様子見て来なアカンね」


それを聞いて思い出すのはあの悪徳商人と巨体の用心棒
そう言えば商人はしっかり売り飛ばした子供を解放したのだろうか
――― リカルドが向かった方向はその商人の店の方向だった気もする

(…さすがリカルド氏、抜け目ないというか何と言うか)

ジークが感心していると、スパーダがエルマーナへにっと笑いかけてからかっている最中だった



「…オレの秘密基地。大事に使ってくれよ?」

「あ〜、でもそないに長居する気ないで?いつまでもあんな所おられへん」


口をとがらせ反論するエルマーナに、アンジュがどこへ行く気なのかと首を傾げる
すると彼女は胸を張って答えた
その目はヴリトラによく似た、母親のような目だった


「決まっとーやん。あの子らにも人生あんねんで?ウチが稼いで、ガッコ行かして、自分で稼げるようにしたらんとアカン」

「…いい考えがあるよ!じゃあ、あたしが学校建てたら入学させたげる!無料で!」

「そらエエ話やなぁ。ほな、そん時、お願いするわ。じゃあ、ウチももう行くけど…」


イリアの提案に笑顔で首肯し、表情をそのままにエルマーナはルカの前へ
背伸びをして、ルカの額をちょんと突き、太陽のような明るい笑顔で言った


「…ルカ兄ちゃん、体そんな強ないねんからあんま無理したらアカンで?」

「はは、大丈夫だよ」

「一人で落ち込んだらアカンで?周りにエエ人おんねんから、とっとと相談しいや?」

「もう、分かってるったら」

「なんか心配やわぁ。…ほな、ウチ行くわ。じゃ」


いかにも母親のような言葉を残し、彼女は小走りに雑踏へと紛れていった
未だ苦笑を浮かべているルカの前でアンジュが「さて、」と声を上げる
どうやら次はアンジュの番らしい


「わたしはナーオスに戻って、大聖堂を立て直さなきゃ。…ま、わたしが壊したんだしね」

「そんなお金あるの?」

「多少の蓄財はあるけど、あれで足りるかなぁ。まずはパトロンを探して…」


「アンジュ、ここにいると聞いて来ました」


イリアの問いに顎に手を当てて考え始めるアンジュ
そんな時、背後から聞き覚えのある男の声―――
アンジュにとっては天の助けとなる声が、かかった


「よろしければ、貴方の目指す復興のお手伝いをさせてもらえませんか?」


男、アルベールは金の髪を揺らし、そう言った
パトロン発見、声も潜めずに言ったイリアの口を慌ててアンジュが手を伸ばして塞ぐ
手を離さないまま、アンジュは眉を下げた


「わたしでいいの?わたしの出来る事なんてたかが知れていると思うけど…」

「僕は…、前世に捕らわれて、そのまま大惨事を起こしてしまうところだった。あなたの説得が無ければ、どうなっていたか…。だから恩返しがしたいのです。僕と共に、テノスに来てもらえませんか?」

「テノス…。そうね、あの気候や食べ物。わたし、割と気に入っています」


そこでやっとイリアから手を離し、アンジュは笑顔を咲かせる


「でも、お手伝いいただけるなんてまるで夢のよう。参りましょう、テノスへ」


アンジュはアルベールの後に続く
その去り際、ジークは小さく彼女の名を呼んで引き止めた
気付かれなければそれはそれでよしとするつもりだったが
彼女には聞こえたらしく、足を止めて振り向いた

ジークは唇で緩く弧を描いて、アンジュに囁く


「やっぱり、助けられたじゃないか」


それはアルベールの事を指すのだろう
そして、遠い昔の出来事にも思える初めて出会った時の事
アンジュは清楚な笑顔で大きく頷いて、それからは振り向くことなくアルベールの後について雑踏へと消えていった


アンジュしおらしいな、上手くやりやがってもー、というやり取りは幸い彼女には聞こえなかったらしい






「では私もこれで失礼する、機会があればいつか会おう」

「オレは実家に一度顔を出しに帰るかな。じゃあ、また会おうぜ」


ジークとスパーダは名残惜しむ仕草もなくそうとだけ言って背を向ける
変な所が似ている二人にルカとイリアは反応が遅れたが
大通りの一歩手前でルカが二人を呼びとめる事に成功した


「も、もうちょっと話そうよっ」


足を止めて振り返っただけのジークは不思議そうに視線を寄こすだけだったが
振り向いたスパーダは帽子のつばを弄りながら喉を鳴らして笑った


「なんだよ、名残惜しいってかァ?ま、ルカは同じ町に住んでんだ、マジでいつでも会えるしな」

「そういえばそうだね。僕んちは住宅地区だから、いつでも遊びに来てよ」

「ああ、明日にでもな…ってオイ、一人で行こうとしてんじゃねぇよジーク」


スパーダが別れの挨拶をしている中、一人方向転換していたジークの腕を引き寄せれば
彼女は更に不思議そうな、というよりも困ったような表情を見せた
ジークも初めて会った頃に比べればとても表情が豊かになったと、その場の誰もが思う


「…別に一生会えないわけじゃないんだ、適当でいいだろう」

「あはは…何ていうかそれって…」

「あんたらしいわね。毒気抜かれるわ」

「ジークらしいんだな、しかし。それでコーダに食い物をくれるといいんだな、しかし」


ルカとイリアとコーダに見送られ
ジークは、何故かスパーダに腕を引かれてその場を後にすることとなった
彼がやっと足を止めたのは、ジークが天空城を除いて今までに立ち入ったことのないような大豪邸の前


それがスパーダの実家だということを、本人に聞かされるまで彼女は気付かなかった






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