絶P | ナノ
剣を以て切り拓け







ルカはアスラが好きだった
アスラの強さに憧れた、力、権力、隣にいる美しい女性、彼はルカに無いもの全てを持っているような気がして
その女性の生まれ変わりと出会い、センサスを統べたアスラという男が自分の前世だと知り、思いを馳せると胸が高鳴った
だが全ての真実を知った時、失望が無かったと言えば嘘になる、もう何もかもいらないとさえ思ってしまった
それでもルカはアスラが好きだ、誰よりも強く猛々しい、アスラだけに、今も憧れている

(だって彼は僕のヒーローなんだ。もうすぐお別れだろうけど、でも…!)



イリアはイナンナが嫌いだった
自分がどうすれば男に好かれるのか、女の何たるかを理解し振る舞っていた毒花のようなイナンナがどうしても好きになれなかった
イナンナが自分の前世だと知っていたからこそ、自らの振る舞いを対局に向けていって現在のような性格と振る舞いになったのだろう
好く事の出来ない前世の全てを思い出すのが恐ろしく、やはり思い出した内容は彼女にとって最悪なものだった
しかし今は、自分が転生者であることに少なからず感謝していた

(前世なんてウンザリ、だけど……出会いには感謝してるのよ)



スパーダはデュランダルを理解できなかった
武器の思考を理解しようとは思わなかったし、元から己とデュランダルとは全く別のものと考えてきた
だから他の誰に比べても彼はスパーダとして行動し、自分として意見を述べた
真相を思い出した時は目の前が真っ白になったが、その思いの丈だけ今度こそ守ろうと誓いを立てた
きっとそうすれば、前世で成し得なかった『制する』事が出来るのだ

(見ていやがれバルカン、ウルカ。俺は今度こそこいつらを守ってやらぁ!)



アンジュはオリフィエルの罪を背負っていた
そしてアンジュとして生きる現世の自分でも聖堂を崩落させ罪を犯し、行き場を失っているように思えた
それを償うためにアルベール、いや、ヒンメルへ命を捧げようと、一瞬でも思わなかったと言えば嘘になる
だが彼女は旅をして変わっていき、今は本物の聖女たる器になっていると言える
幸いにして、アンジュにはオリフィエルという最高の軍師の知恵が備わっているのだから

(感謝しています、オリフィエルさん。私はきっと貴方がいなければ、変わる事ができませんでした)



リカルドはヒュプノスをただ知っていた
前世の自分が死神として生き、地上人の魂を狩り、兄が裏切り戦場に駆り出され、そしてアスラに討たれ散っていった事
全ては遠い昔の己とは別の誰かの出来事と割り切り、傭兵としてそれなりに長く生きてきた
しかし兄のタナトス――ガードルと再会した時、かなり姿が変わっていたにも関わらずすぐにそれが兄だと感じ取れてしまった
やはり前世の縁は切って離せず、だからといって必ずしも切り離さなければいけないものではないと、今はそう思っていた

(兄者。貴方が愛した地上を、俺は絶対に守ってみせる)



エルマーナは常にヴリトラの孤独と共にあった
転生者として覚醒する前から自らがヴリトラであった時の夢を見ては、孤独に震える
両親を失い暫く独りになった頃は、そんな寂しい夢を見て孤独に涙を流したことも少なくない
だけど転生者として覚醒したエルマーナは、何かを守る力を手に入れた
今はその小さくも強い拳で、かつての育子であるアスラを矯正してやって、天地を平和にして、それから――

(ウチがやったる。何たってアスラを育てたんはこのウチなんや、負けるわけにはいかへん!)



ジークはウルカヌスを支えにしていた
転生者である事はよく思わなかったが、それでも自分の前世がウルカヌスという少年であるのは誇りだった
あの日レグヌムでスパーダと出会わなければ、これからもその記憶だけを頼りにしてずっと孤独に生きていくつもりでいた
そうなればきっと、ハスタと会うこともなかったのだろう
全てはあの日よりきっと、もうずっと昔、天上の時代から物語は始まっていた

(柄ではないが感謝している。…頼む、力を貸してくれ、ウルカヌス)





















マティウスの振るうデュランダルを掻い潜り、ジークは体を丸めてその足元を抜ける
ルカもスパーダも飛び退き標的を捉えることなく終わった剣は、黎明の塔の硬い石床を深く抉った

ごろりと床を転がったジーク、その先にいたのはただただ立ち尽くしていたチトセ
ジークは彼女の手を引いて柱の陰へと隠した


「あ、………?」

「邪魔をするつもりが無いのならそこで大人しくしていろ、個人的にチトセ、お前を死なせたくはないんだ」

「ジーク、さん……」


言葉の続きを聞く事無くジークは槍を握り直し駆け出す、一瞬前まで彼女がいた所には血痕があった

ルカ達は皆満身創痍だ
手当てはしたものの、直前にハスタという強敵と戦っていたのだから当然と言えば当然

ルカ、スパーダ、エルマーナ、ジークは前衛で隙を見計らって直接攻撃
イリア、リカルドは後衛で銃撃、アンジュは天術を力の限り唱えた
それぞれが自分のやり方で周囲をフォローしながら徐々に、しかし確実にマティウスの体力を削っていく

だがやはり魔王は強く、紛いものといえど聖剣で繰り出される一撃は重く、ルカ達もだんだんと体力を失っていった

そんな中、疲れの所為で隙を見せたスパーダとエルマーナに、マティウスの鋭い爪が食い込み、引き裂き、紅い血が舞う
ルカが絶叫にも近い声で二人の名を呼び、不幸なことにイリアやアンジュの治癒天術が届く範囲にない
スパーダもエルマーナも自身の血溜まりに沈むことを覚悟した直後、地面が淡く光って深い傷を癒していった

光の出所はと言えば、床に膝と手をつき息を切らしている、ジークだ



「…ックソ、ヒールオブアース!」


「………〜〜っ、悪ィなジーク!」

「ほんま助かったわ兄ちゃん!」

「私は天術、特に回復系が苦手だ、気を付けろ!」


神経をすり減らしたのか血の気が失せた顔でジークがそう返す
返事をする間も惜しみ、二人は再び戦線へと戻って行った












―――ルカは、アスラが好きだ
例え彼が弱さを隠し持った普通の男であったとしても
彼が、彼らが好きだ
公明正大で勇猛果敢なセンサスの魔神、その相棒の口うるさい聖剣、魔神の隣に寄り添う美しき女神
そんなお伽噺の裏切りで終焉を迎える結末を知っていても、心の中に大切に仕舞っておきたい
だって、彼らへのあこがれが全ての始まりだったのだから



「魔王炎激破ッ!」


色々な、たくさんの思いをこめて、ルカはアスラが得意としていた技を放った
紅蓮の炎を纏った一撃がマティウスの体を熱でもって切り裂く
マティウスに生まれた一瞬の隙をついて、スパーダとジークが俊足で地を蹴ってゆく


「は、よくやったぜルカ―――… 天、地、空、悉くを征す!神裂閃光斬!!」

「技を借りるぞ、相棒………煉舞羅刹槍!」


スパーダが無限に程近い斬戟を繰り出し、高く飛び上がったジークは槍を伴い加速して降ってくる
二人ともその姿には、デュランダルとウルカヌス、前世での姿が重なって見えた


「永久の礎に虚無と消えよ、ルインド・ペイン・ウィッシュ!」

「天へと還る翼をあなたに……鳳翼熾天翔!」

「善き来世を。――エンドレス・トラジティ!」

「めっさごっついでぇ!聖龍崩天裂ッ!!」


イナンナが、オリフィエルが、ヒュプノスが、ヴリトラが
持てる力の全てを発揮し、彼らの輪郭にぶれて重なった

強大な力をぶつけられぼろぼろとなったたマティウスはよろけ、膝をつく
彼女がその時目にしたのは、ルカか、それとも――アスラだったのか
いや、大きな剣を手にして地を蹴る銀髪の少年は、確かに ―― ……



「天を統べる覇者の証!」



ルカは自分自身とアスラのイメージをぴたりと重ね合わせた
きっとこれが最後になる
これからはアスラに左右されることなくルカだけの道を歩くことになる
彼が主人公の、ルカだけが紡ぐ物語

前世をめぐる冒険とも、天上をめぐる冒険とも、これでさよならだ

――― そして、アスラとも


(…っさようなら、アスラ!)




「魔王――灼滅刃!!」




ルカの大剣が豪炎を迸らせマティウスの体を切り裂く
デュランダルはいつかのように真っ二つに砕け、側頭部に生えた太い角は根元から折れた
マティウスの絶叫が空気を振動させる
轟音を立てながら巨体が倒れ、砂煙が晴れた時、既に彼女は人間の姿を取り戻してそこにあった



決着は、ついた

マティウスは負け、ルカ達は勝利した






[] | []

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -