絶P | ナノ
螺旋の終着点








ぐるりぐるり、螺旋は続く
しかし永遠に続くわけではない
終わりはもうすぐ訪れる

螺旋の終りも、旅の終わりも、もうすぐに訪れる



黎明の塔の頂上
創世力が眩く輝くその前で



「愚か者!お前以外の何者が叶えられるのか。さあ、早く」


マティウスが苛立たしげに声を荒げる


「駄目…、無理…です…」


びくりと肩を揺らしたのは、ナイフ短剣をを手にしたチトセ
その切っ先はカタカタと小刻みに震えている

そこへルカ達が駆け込んできた


「マティウス!」


「…さあ、邪魔が入った」


マティウスはルカ達の方を一瞥すると、チトセの手を握り
強引に短剣の切っ先を向けさせ、早口に捲し立てた


「今のうちに私を殺せ!そして創世力に世界の破滅を願え!私を愛しているというのなら…、今こそ示してみよ!」

「…あ、愛して…います…。でも…」


チトセの顔が泣きそうに歪められる
両手で握り締めた短剣に、血と汗がじわりと滲む
これまで一度たりとも彼女の肩を持つことがなかったイリアだが
今回ばかりは嫌悪を込めて、マティウスを睨んだ


「あんた、なりは女だけど全っ然女心わかんないヤツね!」

「ホンマや…。残酷なヤツやで」

「そうよ、チトセさんはあなたに愛されたいだけなのに。ほんの僅かでも…」


「知った事か!」


エルマーナとアンジュが後を引き継ぎマティウスを非難する
だがマティウスはと言えば、それらを鼻で笑い飛ばし一蹴した
嘲笑交じりに、黒々とした言葉の羅列を吐き出していく
それが、彼女に刻まれたアスラの怒りと憎しみの欠片なのだろうか


「勝手に私に惚れて、そして同じように愛せ、だと?過分な要求ではないか。ならば私に気持ちを示してみよ!」


吼えて、マティウスはチトセへと視線をやる
だが彼女は短剣の切っ先と一緒に顔を背け、唇を噛んだ

彼女にはマティウスを殺せない
例えその顔が前世で酷く憎んだ女の顔をしていたのだとしても
それ以上にチトセはアスラを愛している
サクヤと同じように、どこまでも献身的なチトセ
その愛は受け取られることなく、花のように散っていく宿命なのか

ルカは顔を歪めて呻いた


「馬鹿な…。君には人の心がないのか?そこまで世界崩壊を望むのは何故だ!」


「理由など要らん!私がただ在る限り、世界は滅ばねばならないのだ!」


最早理屈は通じないようだった
槍を担いだジークは、表情を心なしか曇らせながら
だが真っ直ぐにマティウスを見据え、口を開く


「…一つ、聞こう。私に二度手を差し伸べたのも、利用するためか?」

「フン、それ以外に何があるというのだ。多少は役に立ってくれたな、感謝しているぞ、名も無き奴隷よ。後はその目で世界の滅亡を見届けるがいい!」

「……そうか。それを聞いて、吹っ切れた」


薄く口元に笑みを浮かべ、ジークはかぶりを振った
その後ろでリカルドとスパーダが顔を見合わせる


「…何を言おうが無駄のようだ」

「ああ、まったく同感だぜ。こういう手合いは、ぶっ飛ばさなきゃ止まらねーんだよ」

「貴様ら如きに止められるか?天を統べし魔王の力の前には、貴様等なぞウジ虫にも劣る」


完全にルカ達を見下しているマティウスの言動
それと同じものをいつか、吐き出したことがあったルカは
翡翠色の瞳を細くして、静かに言う


「……君のその物言い。不快だね…。僕には…」


隣に立ったイリアに目をやれば、それに気づいて彼女もルカを見る
一瞬だけ笑みを交わして、ルカは再びマティウスに鋭い視線を投げかけた


「僕にはイリアがいた。イリアが『不愉快だ』って指摘してくれた」

「それがどうした?命乞いなら聞かんぞ?」

「それはこっちの台詞だよ、僕は君を倒す。君がいるとアスラとイナンナが浮かばれないんだ。二人とみんなのために…倒す!」


強く強く言い放ったルカの後に続き、イリアも力強く言葉を紡ぐ
それはきっと自身を奮い立たせるため
そして、その言葉と願いを本当に、現実にするために


「そ〜よっ!もう前世なんてウンザリ、これで決別よっ!」


「身も蓋もないな」、と苦笑するルカだが、彼の心の内もイリアと一緒であるはずだ
対して、「文句なら後で聞いてあげる」、イリアは言いながら二丁の拳銃を引き抜き、戦闘態勢に入った
頷いてルカも大剣を背から引き抜く
最初は不似合いに感じられたその武器も、今はどことなく似合っていた


「オレは『剣』だ。そしてコイツらを守る『楯』。役目を果たせば『制する』事ができる」


小さく呟いて、スパーダは双剣に手をかけた
引き抜きながら、にやり、獰猛な笑みを浮かべて、クツクツと喉の奥から笑声を零す


「ヘッ、な〜んだよ!バルカンの想いもハルトマンの教えも大差ねェ!草葉の陰で見てろよ、バルカン!」


すらり、冷たい音を立てて抜き放った一対の剣の先はマティウスへ向けられる
その隣でジークが長槍の末端を持ち、禍々しい三叉の矛先を魔王へ
ぶれることのない切っ先は、彼女の隻眼と同じくらいに一直線だった


「お師匠が望んだ争いの無い世界。…マティウス、あんたを倒して得られるものなら私は戦おう。…そうだな、この槍の持ち主風に言うと、この戦いをバルカンと…ハスタという男に捧げよう」


冗談交じりに、だが半分は本気に
かつてないほど真剣な表情と声音で嘘のようにジークは嘯く
傍ら、エルマーナがグローブをはめ直して、どこか哀しげな声を漏らした


「自分もアスラやってんな。知っとったらもうちょい優しくしたったのに。でも、もう遅いで?おイタが過ぎたみたいやからな、尻叩きでは済まされへんねん」


アンジュは袖から短剣を取り出して、これから戦いに赴くとは思えない聖女らしく優しい笑みを浮かべた


「あ、そうそう。終わったら、美味しいものでもみんなで食べに行こうね。だから、みんな怪我しないように。わたしと約束よ?


場違いのように聞こえるその言葉も、全てはアンジュの優しさから来るもので
語尾の方は段々と懇願が混じり、一同は言葉がなくとも、約束を絶対にしようと心に誓いを立てる

そんな中、ライフルでとんとんと肩を叩きながら、リカルドがしみじみと、嬉しそうに声を漏らす


「…フ、みな戦意が高いな。これなら負けるはずがなかろうて」


銃口はマティウスの眉間へと向けられる



七人の転生者達を前にして、マティウスは美麗な顔を最大限に歪めた
美しさを無くしかけた顔で先刻よりも更にどす黒い憎悪の塊を、言の葉にして吐き出していく


「ぬぅぅ……くたばれェ、雑魚共めがァァァ!!」


マティウスの表情だけではなく、輪郭が歪んだ
眩い光が辺りを包んだ次の瞬間、美しい容姿を持っていたマティウスは既に違う何かへの変貌を遂げていた
アスラを思わせる巨大な骨太の下半身―――いや、その大きく立派な手足は紛れもなくアスラと同じもの
頭があるべき場所には人間の胴体が鎮座していて、顔は確かに以前のイナンナのものであったが
肌は浅黒くなり口は耳まで裂け、目は赤く殺気に満ち、頭部にはアスラの太くうねった一対の角
美しさの欠片も残さないマティウスは、その手にデュランダルと思しき大剣を握っていた

まさに魔王と言うに相応しい容貌の敵を前にして
だが、ルカは旅の初めの頃の弱々しさを感じさせる事ない強い声で、言い放った



「天地のみんなのため…。僕らは負けない!」



アスラのように猛々しく吼えて
ルカは両手で握った剣を掲げ、マティウスに斬りかかっていった
仲間たちもそれぞれ、後衛は後衛として、前衛は前衛として後に続く――






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