絶P | ナノ
幕を閉じるのはこの手










転生者として生を受けてから、いい事と言えば特に思い当たる点はない
逆に悪い事なら数えきれないくらいにあった
物心がつかぬ内からレグヌム経由で奴隷として売られて
ガルポスで労働力としてこき使われ
薄い塩で味を付けただけのスープと一切れの黴かけたパンでほぼ一日中働かされた
そろそろ死ぬんじゃないかと幼いながらに悟り始めた頃
手を差し伸べてくれた少女は、後のマティウス
彼女の手助けのお陰で奴隷としての生活を抜け出すことができ、生きる術も多少学んだ
そんな経験の所為でガルポスが大嫌いだったのだが


今はもうそんな事どうでもよかった

運のない人生と言えばそれまでなのだが
それを何とか支えてきたのは前世での記憶

前世と自分とは切り離して考えていた
自分は自分で今は今、それでいいと思っていた

ただ、記憶だけは自分を裏切らない
それがどんな結果になろうと、過去の記憶だけが支えだった
そしてやっと再会できたかつての相棒



彼は今、目前で横たわって、動かない


動かない















「ジーク……だい、じょうぶ…じゃない、よね」

「…ジーク、あんたそんなに…」

「しっかりしやがれ…さっさと行くぞ、ジーク」

「ジーク君…立てる?」

「…気を強く持て、ジーク」

「兄ちゃん…しっかりしてぇな」


ルカが、イリアが、スパーダが、アンジュが、リカルドが、エルマーナが
それぞれに声をかけ、だが彼女は項垂れたまま動かない
冷たくなったハスタの手を両手で握って、唇を震わせていた

彼らにそう時間が無い事を、失わずにいた理性で理解しているのか
割と早い段階で、ジークは口を開いた



「…先に行け」


「う…うん、待ってるよ」


「その必要はない、ルカ」



彼女は左の腿に巻き付けられたホルスターへと手を伸ばす
かちゃり、小さな音を鳴らして辿り着いたのは、ジークが戦闘中一度として使う事が無かった拳銃

「あ、」と微かにルカが声を漏らす

かつてジークが言っていたことを思い出したのだ



「それに、銃で殺せるのは他人だけじゃない」

「え?」

「人差し指だけで、自分だって殺せるだろう?」




彼の予想通りと言うべきか
ジークはその銃を、そっと自らの顎の下へと突き付けた
安全装置は外されている
まるでそれがさも当然であるかのように、自然で流れるような動きだった



「さよならだ」




顔を上げたジークは音もなく、嗚咽もなく、涙を流していた
ほろほろと清流のような涙を流しながら、どこか穏やかさを感じさせる笑みを浮かべている
ルカ達が初めて、ジークの涙を見た瞬間だった
だけどこれが最後になることは想像に易くない



スパーダの脳裏に、過ったのは
ずっと、昔
デュランダルの目線で見た、ウルカヌスの最後の微笑み



声だけでは間に合わない
物理的に、銃を弾くでもして、止めなければ
ジークは絶対に、迷うことなく引き金を引くだろうと
そして銃弾は容易く頭部を貫き、その命を奪うだろうと
誰もがそれを、何となく感じていた

だからこそ動く事ができなくて


力を込めて引き金を引いていく細い人差し指に、目線が釘付けになっていた






唇でゆるく弧を描いたまま

銃口を顎に突き付けたまま


躊躇い無く、ジークは引き金を引いた






そして、天高らかに銃声が響く ―――








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