絶P | ナノ
分岐の兆し







真赤に濡れたフリルの白いシャツ
汗と血で額に張り付いた短い桃色の髪
ところどころ破れた深紅のジャケット
まっすぐに見詰めてくる紅玉の双眸
振り被られた鋭い槍
心臓を一直線に狙った軌道

対して、全く構えていない、無防備な状態


それら全てが遅く感じられ、まるで映画の一場面みたいだった

やがて、銀色に貫かれ、朱を溢れさせる胸

痛みは、感じない



(知っていた)
(私とお前が生まれ変わっても切って離せるような生半可な関係じゃないことくらい)
(ずっと前から知っていたさ)










































ルカ達は持てる天術の全てを投下し
ハスタもまた天術を次から次へとぶつけてきた
彼は自分の命など何とも思っていないように見えた
自らの体が傷つく事を恐れもせず、むしろ平然と相討ちを狙ってきさえする


やはり共倒れになりそうなその戦況を、ジークは遠巻きに、壁に背を預けて眺めていた
どうしても彼と、ハスタと戦う気にはなれなかったし、前世であるウルカヌスの干渉も今回はなかった
戦うこともできず、かと言って彼を退けなければマティウスに辿り着けそうもない
以前ハスタ自身が言った仲間になるという展開があるはずもなく
ハスタはどんどんと、ぼろぼろになっていった

止めたい気持ちが無かったと言えば、嘘になる
ジークは手の中に例の弾丸を握り締め、ぐっと唇を噛んだ


あの戦場に立たない理由
それは、ハスタに加勢したくなってしまうのを抑えるためなのかもしれない



「てめーも創世力目当てか?はっ、とんだ俗物だ、な!」


「『俗物』?なんでお前、オレの母親の名前知ってんだ?」


「スパーダ兄ちゃん、ちょぉ退いてやっ」


ハスタの突きを躱し、その陰から現れたエルマーナが拳を叩き込む
ガードもせずにそれを食らったハスタが小さく呻いた
それを見て、ぴくり、肩が動くのをジークは隠し切れない

だが幸いなことに、彼女を気にするほどルカ達に余裕はない



「…っ、しまった!」



ルカの焦った声が聞こえた
誰かが攻撃を受けたのだろうか
ジークは目を逸らしていたため、状況がわからなかった
しかし焦った空気だけは体に直接伝わってくる


だけどまさか、それが


「ジーク、逃げなさいよっ!」

「危ないジーク君……!」


自分の身に振りかかろうとしている危険だなんて


「ハスタ、貴様……っ」

「早よ逃ぇ、ジーク兄ちゃん!」


気付くはずもなく



呼ばれた名に顔を上げれば、眼前にハスタが、いた


真赤に濡れたフリルの白いシャツ
汗と血で額に張り付いた短い桃色の髪
ところどころ破れた深紅のジャケット
まっすぐに見詰めてくる紅玉の双眸
振り被られた鋭い槍
心臓を一直線に狙った軌道

対して、全く構えていない、無防備な状態


「やあ、兄さん」

「……ハス、タ…」


それら全てが遅く感じられ、まるで映画の一場面みたいだった


向かってくる、槍
身を庇う手段も何もない
その瞬間、ジークは諦めにも近い感情を抱いた
かつての相棒である彼に殺されるのならそれもまたいいと思った

ふっと笑みを浮かべ、約束の証、銃弾を握り締める
目が合えば、やはりハスタも笑っていて



――― ザ シュ


やがて、銀色に貫かれ、朱を溢れさせる胸

痛みは、感じない




けれどそれを自分のものだと取り違えてしまったのは
きっと彼が、今でもジークの半身であることに変わりないからなのだろう

すぐ目の前に、銀の切っ先がある

ハスタの胸を貫いた、スパーダの剣先が、そこに




ぴちゃ、と、真赤な血がジークの白い頬に振りかかる
ハスタが槍を投げ出してうつ伏せに倒れたのと、彼女がその状況を理解したのは、同時だった




「……はす、た……スパー、だ?」



「っは、ぁ……ハァ……大丈夫、か…?」




状況は理解できても、したくない時だってある
倒れ伏したハスタのすぐ傍に、ジークは崩れるようにして膝をついた
びちゃりと血が跳ねて、服を紅く汚した

震える手で、どうしていいか分からずに、彼の紅い服に触れようとした時



「ハハ、ハハハハハハ!」


笑い声を上げたハスタが、ごろりと一回転して仰向けになった
ジークは驚いて手を引き、ルカ達も満身創痍ながら構え直した
ハスタという男は何をしでかすか分からない
胸を貫かれたところで、再び動き出すことくらい容易にやってのけるかもしれない


だが


「あー、ウソだよ。空元気さ」


言って、ハスタは擡げた頭をがくんと落とした
桃色の頭髪もまた、自身の血に染まった



「……オレ、し、死ぬのか…?なんか…ヤダなぁ〜くそ〜〜〜…」

「当然の報いだ、馬鹿野郎!もっと苦しみやがれ!」


構えを解いたスパーダが息を切らせながら吐き捨てる
だが、後ろから近づいてきたイリアがその背を小突く
スパーダが不機嫌そうに振り向けば、彼女は険しい顔をしていた

その理由が今、目の前にある



「ハス…タ、おい、お前……」

「う…いてェ…。なんかもういいや……」

「お前…死ぬ、のか…?」


以前にもハスタに対して投げかけた台詞
だがあの時と今とでは全くニュアンスが違っていた
触れるべきか否か彷徨っていたジークの手を、冷たくなったハスタの手が掴む


「弱くて死ぬのは、当然の習わしだ。次な。次転生したら、お前、ガチで殺す。…で、お前、名前なん…だっけ?」


目を向けられたスパーダは、ジークに気を使ってか
静かに、問い掛けに対する答えを返した


「……教えてやるかよ」


答えに満足したのか、最期まで滑らかに舌を動かすハスタはにぃ、と笑みを深くする
口の端から血が流れるが、ほぼ全身から出血しているので気にはならないらしく
或いは、そんな余裕もないのだろうか

ハスタは、本来力の入らないであろう手に力を込めて、ジークの手を強く握る
赤と紅の視線が絡み合った


「オレはジークが、好き。ウルカよりも愛してる、ずっと」

「ま、て。おいゲイボル…、…ハスタ、お前はいつでも勝手すぎる待てと言ってるんだ!」

「嘘じゃない、好きだよ。大好きだ」


これから冷たくなっていくだろう手を彼女の頬に添え、温度のない口付けを交わす
最期の一呼吸で紡がれるのは、どこまでも『ハスタ・エクステルミ』らしい台詞、だった


「…あばよ。ザ・グッバイ」



ゆっくりと、下りていく瞼
力を失くし落ちていく手
それらを止める術など、ジークは持っていない

先刻状況を理解したつもりだった
だけどやっぱり理解などできず、したくなかった


彼の懐から、以前ジークが渡した眼帯がはみ出していて
それを見てやっと、凍りついていたように動かなかった舌が動き出した


「おい、……ハスタ。これも、ウソ、なのだろう?」


答えはない
ハスタの唇はどんどん色を失っていく
そっと頬に触れれば、熱は逃げていく最中だった

下りた瞼はもう開かれないのだろうか
そんなこと信じられない
信じたくないのだ



「…ジーク。ハスタはもう、」

「………あ、ぁ」



リカルドが躊躇いながらも、その場の年長だからなのか静かに声をかける
薄く開かれたジークの唇の間から、掠れた声が漏れ出した



「あ、ぁ、う……っあああぁぁぁああああ!」



天を向いてジークは吼える
また訪れた別れにかつてウルカであった少女は絶叫する

その慟哭を止められる人物は、ここにはいない


きっとハスタならば、止められたのかもしれない
もうそれを確かめることなど出来ないのだろうけど






ころころ、ころころ

その手から零れた銃弾が乾いた音を立てて転がり
階段を下って、落ちて、二度と拾われることのない戦火の中へと消えて行った







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