絶P | ナノ
向き合う自分、一瞬逃走劇











落ちる
落ちる
落ちていく

遥か地上へ
意識の奥底へ、落ちていく


そこには闇があった
全部が全部一色で構成された景色の中、映るのは自分自身
真っ黒の中に、自分と、自分だけがいた

ジークと、ウルカヌスだけがいた


瞬時に、ジークはこれが夢だと解釈する
現世の住人である自分と、その前世である自分、ウルカが向き合うことなどあるはずがないと知っていたからだ
だからこれは夢なのだろう
きっと自分は天空城の崩壊に巻き込まれて、死ぬのだ



「それでいいんですか」


ウルカが語りかける
ジークは心の中でそっと肯定した
死ぬことに抵抗はない、と


「……本当に?」


逆さまの状態で向き合った少年は、ゆっくりと手を伸べる
その手に乗るものを見て、ジークは目を見張った
血で錆びついた弾丸
現世で再会した弟が、約束の証として渡したもの

証にしては随分と物騒なものであったが、いかにも彼らしくはある
ジークは微妙な気持ちになりながらも、少年の手からそれを受け取った


「僕の所為で苦労をかけましたね」


「あんたの所為ではない、だろう。だって、あんたは……」


「そう。僕は、あなたです。だからあなたのことはよく分かる」


ふわりと、重力を感じさせない動きで、ウルカは逆位置から正位置へとその身を動かす
正面からジークと向き合って、両の肩に褐色の手を置いた
弾丸を握り締めていた彼女は、何事かと顔を上げる
そこにあるのは、優しい、兄のような表情をしたウルカだった


「僕の弟たちを、頼みます」

「ハスタはともかく…私はスパーダを裏切った」

「だけど助けた」

「助けてなど…。それに、奴らは知らない」

「一人だけ知っている人物がいるでしょう」

「……、」

「大丈夫。彼らはあなたが思うほど、情が薄くはありません」

「だが……」

「さぁ、行きなさいジーク」


とん、と優しく背を押される
振り返れば、そこにウルカはいた
穏やかな顔で、ゆるゆると手を振っていた
そして暗闇は閉じていく



(本当はたくさん言いたい事があった)
(あんたのせいで苦労したけど、あんたのおかげで色んな奴に会えて楽しかった、とか)
(でもやっぱり、それを言う必要はないんだ)

(だってあんたは、私なんだろう、ウルカ?)







目を開いてすぐに感じたのは、体中の痛み
同時に今、自身が生きている事をジークは自覚した
だがその傷はいつかのように既に手当てされていて、腕に巻かれた包帯が目に入った
ジークは気付かなかったが、首の包帯も新しいものになっていた



「目が覚めたの、ウルカ」



声のする方に目をやれば、木造の壁に背を預けたシアンがそこにいた
彼の体のあちこちにも包帯が巻かれていて、天空城の崩落から助かっていたことを少し安堵した


「ここはサニア村だ。お前とルカはボクが運んだ。お前の仲間はみんな無事だよ」


シアンは疑問を感じ取ったのか、ジークが何を言うよりも早くそう言う
ジークは、最近人並みに睡眠を取るよう習慣がついてしまった体を少しだけ恨んだ
つまりこの村には、ルカを含めたかつての仲間が全員揃っているということだ

本当は、二度と顔を合わせる予定などなかったのに


「チッ……いいか、犬少年。幸いなことにここにはお前と私以外いない。私はこのままトンズラぶっこかせてもらうからそのつもりで」

「お、おい!」


テキパキと身支度を整えながら早口で言うジークは、シアンが止める間もなく簡素な寝台から立ち上がる
ぐるりと腰にベルトを巻き付けて、チェストの上にあった銃をホルスターへと収めた
イリアかリカルドが整備していてくれたのか、銃身は綺麗に光っていた(恐らくリカルドである可能性が高い、彼は銃の整備が趣味だ)

一度全身を伸ばすと、こきこきと関節が鳴った


「んー…あ、そうだ」

「…?」

「助けてくれてありがとう、シアン」

「な、べ、別にお前のためにやったわけじゃあ……!」


初めて呼ばれた名と、率直に述べられた感謝にシアンは顔を赤くする
そんな様子を見てジークは薄く笑い、一秒すらも惜しいらしく扉に手をかけた


「理由はどうあれ感謝する、あと気が向いたら奴らにありがとうとでも伝えておいてくれ、じゃあな」


ばさっと身に纏った襤褸布を翻してジークは外に飛び出した
外は暗く、既に月が真上に上っている
これからどうするか、具体的な内容は決まっていない
だが先の事に不安はなかった

彼らと出会うよりも前の自分に戻るだけのことだ
また各地のギルドに顔を出して適当に食いぶちを繋いでいく
特に深く人と関わり合う事もなく、生きて、運が尽きた時は普通に死んでいく
ただ、それだけのことなのだ




「待てよ」



しかし物事が思うとおりに運ばないのは世の常とでもいうかのように低い声が制止にかかる
サニア村、と書かれた看板があることから、恐らくそこは村の出口なのだろう
ジークは振り返ることなく俊足で走る事を止めなかった


「待てっつってんだよ!」


苛立ったようなその声には耳に馴染みがある
元より止まるつもりはないのに、彼女の足は止まってしまった
彼が、スパーダがジークの腕を捕まえたから、強制的に止まってしまった

体重のバランスを崩したため、ジークの体ががくりと傾いた
その瞬間手を引かれて仰向けに倒れた体の上に、逃がすまいとしてスパーダが馬乗りになる
見上げた少年の灰色の双眸には、純粋な怒りが灯され静かに燃えていた

かけられた体重の具合と単純な力の差から、どう足掻いても抜け出せそうにないことをジークは悟る



(これは本気で、怒っているな…)



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