絶P | ナノ
終焉を叫ぶ少年







――― 天空城



その名の通り、空中に浮かぶ巨大な城
天井崩壊の名残か、外殻にあたる部分は砕け、折れ、無惨な様相を晒している
しかし城そのものはほとんど無傷のままで残っていた

城のそこらに鎮座する石像
それは石造ではなく神々の遺体だった

ジークは自らの遺体と向き合う
ヴリトラの巨躯の傍ら、寄り添うように目を閉じて黙する、よくできた石像のような、ウルカの遺体
その時の記憶はまだ蘇っていないものの、やはりウルカもこの天空城で息絶えたらしい
見上げればヴリトラの慈母のような優しい顔が石となってそこにあった

彼女は、そしてウルカは、最期の瞬間何を思ったのだろう
どれだけ思いを馳せようと、確実な答えは見つからない








城の奥にある祭壇の前、そこに全てがあった
ルカ達が求めた真実
捏造された伏線
埋葬された記憶

我先に手に入れようとした、創世力も、そこに
すべてが石像の形をとってルカの眼前に結晶化していた

ひとりの男とひとりの女が抱き合うような形で、石となっている
それはアスラとイナンナの死体だった
胸には真っ二つに折れたデュランダルが突き刺さっていた

その光景を網膜に焼きつけたルカとイリア、スパーダの脳内で前世の記憶が蘇る
傍にいたアンジュやリカルド、エルマーナも、記憶の回復現象に巻き込まれていく
最悪の裏切り、最低の最期

それは恐らく、ジークがマティウスに見せられた記憶と同じものなのだろう






アスラは天空城の祭壇の前に立つ。傍らに立つイナンナの肩をそっと抱いた。「『献身と信頼、その証を立てよ。さすれば我は振るわれん』。イナンナよ、お前の献身を俺にくれ。代わりに俺はお前に信頼を捧げよう」今、創世力は目の前の祭壇に据えられている。そこから放たれる柔らかな光がアスラとイナンナを包む。「天地融合は成る。理想の世界が生まれる」アスラの手にイナンナの微かな震えが伝わってくる。無理もない、彼らはそれだけ大それた事を成そうとしているのだ。「イナンナ、お前と共に世界を作れる事を誇りに思うぞ」肩を抱いた手に、力を込めた。「新しい世界を―――これから始まる世界の善きもの全てを、お前に贈ろう」アスラは祭壇に手を伸ばす。力を感じる。善き力、世界を創る力、献身と信頼を受け止める力。「さあ、イナンナ。信頼と献身を以って、地上と天上を一つに―――」遂にアスラは創世力に触れた。その瞬間、激痛が全身を駆け抜けた。アスラは見た、自らの胸から突き出した、よく見慣れた鋭き剣先を。痛みよりも驚きの方が大きかった。敵か、ラティオの残党でも紛れ込んだのか。イナンナが危ない、イナンナを守らなくては。アスラはゆっくりと振り向いた。返り血を全身に浴びたイナンナがそこ、に―――。「魔王様、許して」イナンナの頬を伝う涙を、アスラはぼんやりと見つめた。「…ひとつ、聞こう。初めから俺を暗殺するつもりで俺に近づいたのか」「センサスの魔王アスラの心を奪い、暗殺する。これがラティオの元老院から私に下された使命だったの。バルカンが鍛えし聖剣デュランダル、それをもって貴方を討てと。でも私は本当に貴方を愛してしまった。ラティオを裏切りかねない程に」ならば、ならば何故俺を本当に愛してはくれなかったのかと、アスラは目で問い掛ける。「だけど、地上の人間を天上へ戻すのは許せなかった。どうしても。私の母は地上人に好意的だった。時々地上に降りては大地の恵みを授けてきた。でも……人間は母を殺した!あの野蛮人共は、神を犠牲にして土地の豊作を祈願したのよ!」だからこそ、そんな悲しみを生まないためにこそ。彼は。「俺を……信じられなかったのか……」「もう地上の人間は、神とは相容れない存在なのよ!天と地が一つになれば、世界は衰退の道を歩むわ!」「…デュランダル、お前もか……」お前と俺の間にあったものもまた幻に過ぎなかったのか。共に戦場をかけた時に感じた、友情のようなものも。「こんな結果になって残念だ。我はただの武具。人の道具に過ぎぬ。天を平らげるにはお前を制する以外あるまいて」俺はなにも成し遂げる事はできなかった。俺の夢はどこにも辿り着く事はなかった。俺の努力は何もかも無駄に終わった。ぎり、と食いしばった歯の間から血が溢れる。共に溢れ出すのは、絶望と、悔恨と、それから、もっと黒くてどろどろしたもの。「俺の望んだ世界……、世界は………ッ!」アスラは血を撒き散らしながら絶叫を迸らせた。デュランダルの剣先を両手で掴んで全ての力を込める。めきめきと、金属のたわむ音。それとも、デュランダルの断末魔なのだろうか。限界までたわんだデュランダルが、閃光を放って真っ二つに砕けた。断面から真赤なエネルギーが噴き上がる。生き物のようにのたうち回るデュランダルの半身を、アスラはぎゅっと握り締めた。そして大きく振りかぶり、イナンナの背中へと突き立てた。イナンナは苦悶の表情を浮かべたがやがてそれは哀しみの表情へと変わり、最後には寂しげな微笑に変わった。やがて、か細くなった呼吸が止まった。「絶望を無くすためには…善き世界を創ればいいと……」アスラは祭壇に鎮座する創世力を睨んだ。その時、創世力から放たれる光が変質する。柔らかで調和のとれた光から、荒々しく眩い光へと。「だがそうではなかった。世界が無くなればこれ以上、誰も不幸にはならない。これ以上、絶望など生まれない」アスラは手を伸ばす。吸い寄せられるように創世力がアスラの手の中へと納まった。アスラは願った。全身全霊を込めて、世界の破滅を、願った。「消えてしまえ―――何もかも!」アスラの目の前で天上が消えてゆく。何もかもが、消えてゆく。消えて、消えて、そして―――







ルカ達は記憶の回復現象から弾き出される
いつの間にか目の前にはマティウスとジーク、そしてチトセとシアンが立っていた
マティウスはアスラとイナンナの死体をそっと撫でる


「わかっただろう。何故天上が消滅したか」


静かな、静かな口調
誰もそれに答える事はできない


「そんな…。そんなの…嘘…でしょ?」


喘ぐようにイリアが声を絞り出し、脳内で先刻の記憶を反復する
彼女は力を失ったかのように膝から崩れ落ち、冷たい床の上に手を付いた


ジークはその絶望を、傍観することしかできない
かつて仲間だった彼らの驚愕の表情を、贖罪のように網膜に焼き付けて
もう触れる事は許されないのだから


「そんな…天上が滅んだのは…僕の所為?」


驚きを通り越し、茫然自失となったルカの前
チトセは悲しそうな顔で彼を見つめる
そしてありったけの憎しみをこめて床に膝を付き蹲るイリアを睨んだ


「いいえ。言ったでしょう、そこの女が裏切ったって」


いつものような、イリアの反論はなかった
代わりに、マティウスが一歩進み出て、自らの頭部を丸ごと覆う仮面に手をかけた


「見よ。私の顔こそ、貴様の所業の証拠だ」


仮面をゆっくりと外し、床に落とす
石床に落ちた仮面は転がって、がらんがらんと冷たい音を鳴らした
イリアは低い視線でいつまでも転がった仮面を見つめていた
やがて、恐る恐る顔を上げてマティウスを、その瞳に映す

そこに、あったのは
とても美しく、よく整った、記憶に馴染みのある、顔



イナンナの、顔



「イナンナへの恨みが骨髄にまで達した結果、転生しても前世を忘れぬよう、私はその刻印を自らの顔に刻んだのだ」


イリアの目が大きく見開かれ、前世の自分の顔だけをその目に映した
一秒ごとに量を増す深い絶望と失望は、最後には絶叫となる


「嘘…うそ、うそうそ!!いやぁぁぁぁぁ―――――!」


アンジュとエルマーナが駆け寄った
亀のように体を丸めたイリアを抱きしめて、大丈夫、大丈夫だからと、背中をさすった
リカルドとスパーダはそれぞれの武器をマティウスに向けている

だけどひとり、ルカだけは動く事が出来ない


「マティウス、お前は……」

「私もアスラの転生。ルカ、貴様の半身だ。イナンナの裏切りが魔王アスラの魂に絶望と憎しみを刻んだ。そして、私が生まれた」

「じゃあ……僕はなんなの?」

「お前はアスラの迷いに過ぎぬ。思い出すのだ。大義を阻まれた無念を!」

「ああ…あぁ……そんな………。天上を滅ぼして、現世までみんなを不幸にしたのが…僕…?」


ルカの翡翠色の瞳が大きく揺れ動く
そしてそれ以上に、心が酷く動揺していた
何も考えられないほどに、深い絶望に塗り込められて


「僕はどうすれば……ぼ…く…………は……」

「さぁ、行こう。我が半身よ。我々にはやる事がある」

「参りましょう。私はお二方の忠実なる僕。決して、どこかの女のように裏切ったりは致しませぬ」


チトセが片膝をついて頭を垂れる
その隣で、マティウスが両の手を広げて謳う


「ルカよ、分かったはずだ。人であれ神であれ、存在する事が敵を生む。責務なのだ。私は世界を滅ぼさなければならない」


マティウスの言葉を聞いて、流石のジークも息を飲む
しかし動揺はなかった
彼女の憎しみを直接脳内に流し込まれた時に大方の予想はついていたから

だけどその隣で、弾かれたように顔を上げた少年は違った


「世界を滅ぼす、だって…?あなたは…理想郷を作るって、言ってたじゃないですか」


シアンはマティウスを信じていた
いつか彼女が作るという理想郷を信じていた


「どんな世界だろうと、この腐った天地よりはマシであろう?」

「そ、そんな!ボクらは、あなたの描く破滅のため利用されただけってことなの……?」


理想郷、そんな希望は裏切りという形で打ち砕かれる
元よりマティウスは楽園など作るつもりなど毛頭なく
ただ目的を果たすために、転生者の楽園などと嘯いただけなのだ


「ははは、そうとも!死す時はみんな同じだ。素晴らしい世界の終焉だと思わんか?」


信じていたものを全て裏切られたシアンは、涙を浮かべながら絶叫し、単身マティウスに飛びかかる
だがマティウスはそれをものともせず、手を一振りするだけで少年の痩躯を吹き飛ばした
偶然ながらもその方向にいたジークはシアンを受け止める
駆け寄ってきた二頭の犬が、気を失った彼の頬を懸命に舐めた


「世界の破滅、これもまた一つの救いなのだ。憎しみと裏切りのない世界を望むなら、力を使うのだ。さあ!」


マティウスはルカに手を差し出した
吸い寄せられるようにルカの足は動き、創世力へ、マティウスへと、歩み寄っていく



「ルカ君!」

(アンジュ、そんなに哀しい声を出さないでよ)

「おいゴラァ!ルカ、テメェ……戻って来やがれ!」

(スパーダ。そうじゃないんだ)

「なぁ、行ったらアカンて、ルカ兄ちゃん……」

(エル、僕はマティウスと一緒に行きたいわけじゃないんだよ)

「ミルダ。それがお前の選んだ答えか?」

(リカルド、違うんだ)

「ルカ!!」

(コーダ。僕は怖いんだよ)

「……ル、カ…」

(イリア、ねぇ。わかってくれよ)


そっと顔を上げれば、ジークの赤いそれと目が合った
もしかしたら彼女なら今の自分の気持ちを分かってくれるかもしれないと、ルカは顔を歪めた


(僕はみんなの顔を見るのが怖いんだ)


ルカの足が止まる
薄く開かれた色を失った唇の間から、掠れた声が漏れていく


「イリアとスパーダは前世で僕を裏切った。ジークはマティウスの味方をしたし、リカルドもガードルに僕らを売って、アンジュはアルベールに従った」


でも、そんなことはどうでもいいと
ルカは顔を上げて振り向いてそう言った
彼の口が紡ぐのは、崩壊と、消滅

かつての自分自身のように、消滅を、願う


「天上を崩壊させ、現世にまで及んで皆を不幸にしたのは自分自身だ。僕なんか……」


低い音が辺りに響いた
地鳴りのようなそれは、ルカの言葉で本格的に動き出す



「僕なんか…消えてしまえばいい。それが一番いいんだ!!」



彼は天を仰いで声を大に叫んだ
瞬間、その全身から凄まじい闘気が噴き上がった
本物の神、ガードルのそれをも優に超える、異常なまでの闘気の放出だった
天空城がぐらりと揺らぐ
連続的な振動が始まり、床に、柱に、細かい亀裂が走ってゆく


「マティウス様、城が崩れます」

「…まだ手はある、行くぞ」


マティウスは力を発動する直前、ちらりとジークへ目配せした
まっすぐに合った目が語る、共に行くことはないのだと
深紅の隻眼にそう語られたマティウスは、迷うことなく自身と、チトセの体を地上へと運んだ
それでいいのだと知っていたが、消える瞬間のチトセには小さな迷いの色が見て取れた


ジークはシアンを抱えたまま、未だに茫然と立ち尽くしているルカを見る
続いてイリア達の方を見れば、ルカを助けるため駆け寄ろうとしたイリアを、リカルドが引きとめている最中で
崩れていく天空城を眺めて呆けているエルマーナの手をアンジュが引き、飛行船へと促す

最後に、ジークは後ろ髪を引かれるように駆け去っていくスパーダを見た
やっぱりあの若草色の髪の上には帽子がよく似合うと、そう思った


やがてその場に残ったのはルカとジーク、シアンとケル、ベロだけとなる



「ルカ……」


その身に降り注いだ絶望はどれほどの大きさだったろう
きっともう二度と、仲間たちと顔を合わせられないとでも思っているに違いない
既に気を失い倒れているルカの傍に寄り、ジークは、彼の銀の髪をそっと撫でた

裏切りを起こした自分に、それ以上の事は出来ないと考えた
ジークは一人、天上の崩壊を目の前に追体験する



かつて一柱の荒ぶる神がこの地で世界の終わりを叫んだ
今、ひとりの少年が自分自身の終わりを叫んでいる

そしてその姿は、天空城と共に光の中へと消えた





(終焉は遥か昔に始まっている)



to be continued...
10.0331.



[] | []

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -