絶P | ナノ
決して届くことは無い










怪我が完治するのにそう長い時間はかからなかった
数日もしないうち、ジークはマティウスに呼び出されることとなる



「教えてくれないか、マティウス」



マティウスは現在ルカ達がいるらしいテノスへ向かうという
同行するよう命ぜられたジークは、了承を示した
だがその前に、マティウスを呼びとめ問い掛ける

その正体と、目的を

相変わらず仮面に隠れたまま表情は分からないが
何故かマティウスが、その仮面の下で、笑みを浮かべたような気がした

ジークにとっては何気ない問い掛けだった
相手が答えたくなければそれでいい、と
その時は食い下がることもなく追求するつもりもなかった
だがマティウスは意外にも、その答えを与えるつもりらしい



「いいだろう。これが答えだ」



言って、マティウスはジークの額に手を翳す
瞬間、たくさんの記憶が頭に流れ込み、彼女は呼吸することを忘れた

痛み
悲しみ
苦しみ
恨み
怒り
絶望
絶望
絶望

絶望

怒り

復讐


復讐



それはマティウスの前世での、記憶
全てを持ち越して生まれ変わったマティウスは、自らの最期を深く、深く、ジークの記憶にも植え付けた
他人のものである悲しみや苦しみ、絶望が、ジークを満たしていく
見開いたままの目が映すのは、過去の、美しく、見覚えのある女性だった

(こんな、ものの上に、世界 が ――――)

こんなものの上に今の世界が成り立っているのか
こんな出来事の上に皆転生しのうのうと現世を生きているのか

そのようなものならばいっそ、全て、―――





「…行くぞ、ジーク」


マティウスの声が、ジークの意識を現実へと引き戻す
いつの間にか再開されていた呼吸は浅く荒く、返事をすることもままならず
顎を引くことによって、御意を表し、二人はその場から姿を消した


創世力を手にし、マティウスが何をしようというのかこれで分かった
だがジークは、それに抗う理由を持っていない















テノスを初めて訪れたジークは止めどなく雪を降らせる空を仰ぐ
その白さにどことなく安心と懐かしさを覚える





ルカ達とアンジュが、テノスの兵器工場で戦っていた
アンジュが守るようにしているのは、天空神ヒンメルを前世に持つ男、アルベール
(アルベールというのはリカルドにアンジュを連れてくるよう依頼した男の名だった)

それらを遠く離れた所から一部始終、天井の鉄管からマティウスとジークは眺めていた
足を投げ出して見下ろしているジークの目の先では、アンジュがリカルドへ上級天術を放っているところだった
何故こんな事態になったのかは二人の知る所ではない
ただオリフィエルとヒンメル、前世での切っても切れない縁でそうなっているのは、目に見える

ラティオの軍師オリフィエルは、彼の属する陣営を裏切ってでも幽閉された天空神ヒンメルを救おうとした
だがそれは叶わず、ヒンメルはあまりにも幼い命を処刑という形で摘み取られてしまう
オリフィエルの後悔はやはり、現世にまで持ち越されているのだろう
だからこうしてアンジュは、ルカ達に相対することとなったアルベールの側に立って、刃を向けているのだ


しかしそれも長くは続かず、やはりというべきか、数で勝るルカ、イリア、スパーダ、リカルド、エルマーナに軍配が上がる
アンジュは吐息に血を混じらせながらも、まだ立ち上がる


「駄目。この人を傷つけさせない!」

「アンジュ。何故そこまでして……」


そうは言うものの、アンジュや、背後で膝をつくアルベールに、これ以上戦う力は残っていない
剣を収めはしないが、ルカは眉を下げて呟くようにして彼女へ問うた


「この人を前世で守れなかった。それがわたしの生まれ背負った罪。この罪があったからこそ、わたしは今生で罰を受けているの」


この人は守らないといけない、今度こそ死なせない、と
アンジュが強く言い放ち、その後ろでアルベールが茫然として何も言えないでいる
彼を背に庇ったまま、アンジュは息を整えながら言葉を続けた


「わたしは旅をして変われた。力で聖堂を破壊し、信者に裏切られ、傷ついた心を強くしたの」


彼女の声に、異能者研究所で出会った頃の弱々さはなかった


「この人だって変えられる。違う生き方を教えられる。わたしがあなた達から教えられたように」


え、とルカは小さく声を漏らす
事の流れが方向を変えそうな雰囲気を遠目に見て、ジークは首を傾げる

思いもよらぬ言葉に驚いているのはアルベールもまた、同じだ


「僕を変える……だと?」

「ねえ、ヒンメルさん。……いえ、アルベールさん。あなたは変われる。世界そのものを変えられる可能性を持った素晴らしい人よ」


ふんわりと微笑んだアンジュは、アルベールの手をそっと取る
前世で成しえなかったことを、今こそ実行するかのように


「あなたは幽閉された身ではなく、多くの人を動かせる立場におられる立派なお方。創世力よりも兄弟で便利な力を自在に振るえるお方なの。あなたは世界をより良く変える力を持っていて、そして多くの民があなたの力を待っている。あなたの意志次第で、地上全てを救う事ができるかもしれないの。誰の命も犠牲にせずに、ね」

「な……、ぼ、僕は……」

「創世力になんて頼らないで。あなたはヒンメルより自由。創世力の呪縛から自由になりましょ?」


長い沈黙が流れる
やがてアルベールは、ふっと柔らかい笑みを零して、浅く切れた唇を開いた
直前までと違い、彼の瞳には温かい光が宿っているように見える


「……思い出したよ。君は僕が悪い事をした時はお尻を何度も叩いた。天空神である僕に正面からぶつかって来たのは君だけだった」

「アルベール……」

「見を挺して僕を守ってくれて嬉しかった。そうだな、絶望する前にまだやる事がある」


生まれてすぐ幽閉され、そして処刑されたヒンメルの絶望はどれほどのものだったのか
ジークはそれを知らないし、マティウスが抱く絶望とどちらが大きいのかも、知らない
事の顛末は彼らにとって割といい方向へと流れているようだ
マティウスはこれで収穫が無かったらどうするつもりなのだろう


「よーっし、よく言った!」

「よかったぁ〜。アンジュ姉ちゃんの葬式に着ていく服買わなアカンと思てた〜」


イリアがアルベールに親指を立て、エルマーナが冗談交じりに言う
喜び合う仲間達をアンジュは嬉しそうな表情で見つめていた

最後に彼らを見た時は寝顔だったので、ジークにはその笑顔が酷く昔のものに感じた
無事帽子が手元に還っていたらしいスパーダが、剣を鞘に収めて言った


「それはそうと、天空城に創世力があるってわかったんだ。マティウスの手に渡る前にどうにかして手に入れちまわないと」


奇しくも彼の発言で、マティウスの目的である創世力の在処が露わになってしまった
肩を竦めてジークが見上げれば、マティウスは頷いた

アルベールが傍にある飛行船を使うといいと、そう言って指示した直後の事



「そうはいくか」



飛行船の上、空間がぐにゃりと歪む
次の瞬間そこに立っていたのは


「マティウス、それに…!」


ジーク、と
その名をやっとのことで呼んだのは、一体誰だったのか

ルカは歯噛みした
聞かれてしまったのだ、創世力がどこにあるのかを、一番聞かれてはいけない相手に聞かれてしまった
そんな彼らを嘲笑うように、くつくつ、くつくつ、マティウスが笑う


「天空城で待っているぞ、アスラ!」


笑い声だけを残して、マティウスの姿が虚空へと溶ける
その隣にあったジークの痩身も、すぐに歪んでいく


「おい、待てよジーク……っ!」


無駄だと知りながら伸べられた、若草色の少年の手
それを冷たい目で見下ろし、逸らされることのない目と目が出会った刹那

残像も残さず、ジークは姿を消した






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