絶P | ナノ
花の女








空は青く広く晴れ渡っていた
雨が止んだ後というのは、どうしてこうも憎らしいまでに晴れているものなのか
素朴な疑問に答えるような知識を、ジークは持っていない
ただ仰向けに倒れたまま、嫌味なほど真青な空を眺めていた
動かない体ではそれくらいしか出来る事がなかった

彼らは無事に逃げられただろうかと、首を横に動かして海の方を見る
船の影はない、但しガードルの姿もない
だけど彼らなら何とかなるだろうと

いや、何とかなっていてほしいと、そう思って、ゆるく目を閉じようとした



「…愚かなことを、したな」



差し伸べられた手は、とても懐かしいそれだった
だからこそ迷うことなく、重たい腕を上げて、その手に触れようとした
落ちそうになったジークの手を寸前で握ったのは、マティウス
相変わらず奇妙な仮面を被ったままで、表情は窺えないが
ジークを抱き起した体は、とても細く華奢だった


(あんたにそうされるのは、これで二度目だ)


それが声になったかどうかは定かではない
周囲の景色がぼやけて、白んでいく
不安はなかった、何故なら昔、助けてくれた存在がすぐ傍にあるから
前世など関係なく、マティウスならば、信用できる

安心できる
















「……お嬢さん、泣いているのですか?」


「…っ、何奴!」


「わわ、すみません!私は怪しい者じゃありませんよっ」



花畑で一人、佇んでいた女性に声を掛ければ
彼は短剣を向けられ、咄嗟に両手を上げて敵意が無いことを示した
しかしそれでも相手の警戒が薄れる事はない、何故なら彼女は軍人だから

美しい瞳をを鋭く研ぎ澄まし、彼女は少年の首筋に当てた短剣にく、と力を込める


「怪しい者ではなくとも、わたしの花園に勝手に侵入するのは許せないわ」


彼女が小さく、まだアスラ様を入れたこともないのに、と呟いて
その目が赤いことに気が付いていた少年は、困ったように眉を下げた


「だけど…女の人が泣いていたら、通りすがりでも放っておけませんよ」


そこではっとし、女は慌てて自らの腕で頬と目を拭った
当然ながら少年は解放され、しかし彼もまた、慌てて女の細い腕を掴んだ


「だ、駄目ですよそんなに乱暴に擦っちゃ…!」

「は、なしなさい…っ」

「赤くなっちゃいますよ、そうしたら貴女の好きな人に会えないでしょう」

「何故それ、を…」

「さっき自分で言ってましたよ」


くすりと笑って、彼はそっと指先で彼女の涙を拭う
不器用ながらも優しさを感じさせる手に、女はやっと笑みを浮かべた



「……わたしは、サクヤよ。貴方は?」

「サクヤさん。私はウルカ、ウルカヌスといいます、始めまして」


少年―――ウルカは、人当たりのいい笑みで、そう答える
最初に比べればかなり態度を軟化させたサクヤは、離れていく指の熱を微かに名残惜しく感じた
それをサクヤが意識するよりも早く、ウルカが口を開いた


「貴女は花の女神にして、センサスの将、アスラの側近。でもやっぱり、笑顔が似合う」

「…そんな貴方は、鍛冶の神バルカンの弟子、だったかしら」


それがまさかこのような方だっただなんて、と
軽口を叩きながらも、サクヤは頬を赤くしてさり気なく顔を逸らした
そのことを指摘しないくらいには、ウルカは紳士的だった

躊躇いがちに、彼女の手を取り
白く細い指先にそっと、唇を寄せる


「サクヤさんは、通りすがりの私ですら悲しくなるくらいに、哀しい表情をしていました」

「そんな……わたしは……」

「私は貴女の想う男ではありません。だけど一人で涙を流すくらいなら、どうか……」


それはどこまでも遠い、遠い昔の記憶
懐かしさを感じることすら忘れるほど、遠い過去の出来事


記憶に残った気配を感じ、ウルカは、ジークは、自然と目を開いた










「――― ……サクヤ…………?」






その声に振り向いた女性は、『サクヤ』の面影を匂わせる顔で静かに笑む
ジークの傷ついた体は丁寧に手当てされているようで、起き上がるのに支障はなかった
痛みが無かったと言えば嘘になるが、それを顔に出さない程度にはジークは軟じゃない


「気がついたかしら。…もう一度、あなたにその名を呼ばれることになるとはね」

「『ウルカヌス』を…覚えて、いるんだな……」

「あの時思い出したのよ。それにあなたは、わたしの恩人だもの」


彼女の言葉が、指すのは
無意識ながらも前世そっくりに、ジークが膝をついてチトセの手を取った、あの時のこと

チトセは小さくありがとう、と呟いて、ジークを抱きしめる
どうやら自分は助かったらしいと、そこでやっとジークは理解した


そして今も、チトセは―――『サクヤ』は『アスラ』を強く想っていた事に、そっと、気付いた
何処までも強く、いっそ、狂おしいまでに、彼女は『アスラ』を、愛している

(でも、だったら、何故、)

何故彼女はアスラの、ルカの傍にいないのだろう
あそこまでルカというアスラに固執を見せながら、チトセはアルカ教団に身を置いている
その理由をジークは、やはり知らない

どうしてああまでして、それでもマティウスに献身的に付き従うのか
ジークは、知らない

聞くつもりも、ない






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