絶P | ナノ
彷徨の結論






ルカ達を残して空き家から出てきたリカルドを出迎えたのはジーク
いつの間にか外では雨が降ってきていたらしく、顔についていた土も雨に流され擦り傷だけが残っている
スパーダの帽子に隠されてその表情は見えず、リカルドはどんな言葉をかけてやればいいのか分からなかった

今頃ルカ達は何の疑いも無く、用意された食事を平らげているところだろう
中からは会話がほぼ筒抜けで、彼らの希望に満ちた将来の話がよく聞こえた

ルカは、親の家業を継ぐか、医者になりたいという
イリアは、貧しい村に学校を建て、そこの校長になりたい
スパーダは、騎士になれなくとも、誰かを守る仕事について自分に誇りを持ちたい
アンジュは、田舎でのんびりと教会住まい、とても堅実な未来を望む
エルマーナは、確定された将来はないものの、まだ可能性に溢れていた


やがて、彼らの会話は聞こえなくなる
どさ、と何かが倒れる音がした
リカルドが睡眠薬を盛ったのだろう、彼は浅く唇を噛んだ



「…リカルド氏がこれから何をしようと言うのか、何となく分かる」

「……」

「私も、手伝おう」



空き家に踏み入ったのは、学者のような服装の、グリゴリ達
どうやら本当に例の手術とやらを実行する気でいるようだ

開けっ放しになった扉から、ジークはするりと入り込み
エルマーナに触れようとしていたグリゴリ兵の首の後ろへ肘を叩きこむ
短い悲鳴に気づき振り返った学者のグリゴリは、後に続いたリカルドが鳩尾に膝を入れて沈めた
小さな騒ぎにも全く気付かずに、ルカ達は深い眠りについている
雨で冷え切った手で触れるのは躊躇われたが、いたしかたないので、ジークは一先ずエルマーナを背負った



「…船に、運ぶんだろう」

「ああ、」

「早くしよう、気づかれる前に」

「…そうだな」


雨脚は酷く、彼らを運ぶ程度の物音ならすぐには気付かれはしない
ルカ達をここまで乗せてきた軍用船も人の気配がなく、二人は取りあえずそこまで運ぶことにした
今頃彼等はどんな夢を見ているのだろうか、希望溢れる幸せな夢か、それとも現状のような絶望に満ちた夢か

(…安心しろ、目が覚めたら、きっと海の上だから)

リカルドがスパーダを背負ってきて、甲板に下ろせば、それで最後だった
すっかり雨が染み込んで重量を増した帽子を、ジークはそっとスパーダの頭に被せておく
少し、ほんの少しだけ名残惜しそうに若草色の髪に触れ、だけど指先が頬に触れた瞬間、手は引かれ
そうして、今にも出港しようという状況にも関わらず、船から飛び降りてグリゴリの里の地に降りた

はっとしてリカルドが目を見開く


「おい、ジーク」


「…何をしてる、早くいけ」


咄嗟にリカルドが後を追って飛び降りるも、彼女は咎めるような視線で睨みつけた
これで、はっきりした
ジークはこの船に乗る気は全くもって無いらしい


「足止めが必要だ」

「だが、」

「…リカルド。今更私はどんな顔をして奴らに会えばいいんだ?」


初めて、リカルド"氏"と呼ばれなかった瞬間
その台詞は単純で、一直線すぎる疑問
振り返った顔はいつもよりもずっと、幼いものだった

実年齢は明かされずとも、ルカやスパーダと同じくらいの年だと思われる、ジーク
彼女が彼らよりも大人びて見えたのは、何の感情も見せない無表情というのが大きかった

だけど、今は

泣きそうなほどに歪められた、苦悩の色
一瞬だけ見えた表情は、ぐしゃりと前髪を握ったジーク自身の手で見えなくなる



「…いいか、もし私の事を聞かれたら裏切ったとだけ言え。お前らと離れられて清々したと」

「お前は…それでいいのか」

「は、いいに決まっているだろう。無い望みを抱かせてやるほど私は優しくない。何より、少年に渡した帽子がその証だ」


これで、お前たちとの繋がりは何もなくなる、と
震えることも無い声音を、出すのに、どれだけの気力を振り絞ったことか
先刻迷いを垣間見せて、その上でルカ達を、切り捨てるというのなら

どうして、それを止めることができようか
リカルドになら、腕尽くにでも彼女を船に乗せることが出来たのかもしれない
しかしそれが出来ないのは、覚悟の違いだった


「…私に、奴らのような未来は思いつかないんだ」

「ふ…ガキがナマを言うな」

「そうだな、ガキには保護者が必要だ。だから早く、行け」

「……死ぬなよ、ジーク」


雨音に足音を紛れさせ、リカルドは船へと駆け込む
雨は篠を突くように更に激しくなっていき、船の出港する音さえも飲み込んだ

船が、遠くなって、そこでやっと
ジークは振り向いて、米粒程度にしか見えない船へ、唇を開いた



「…ガキの我儘を聞いてくれてありがとう」



聞こえるはずもない感謝は、雨と一緒になって地に落ちる


ザ、と地面を踏み締める音
鎌を持ったガードルが、射抜くような目つきでジークを見据えた
それだけで人を殺せそうなほど、ガードルの殺気は激しく、チリチリと肌を焦がすようだった
負けじと数枚のナイフを両手に構え、ジークは海を背に正面切って迎え撃つ態勢に入る


「忌々しい転生人め……」


ガードルは心底憎々しげに歯を剥き出し、吐き捨てた


「その忌々しい転生人にあんたはやられるんだよ、タナトスさん」


口の端を歪めたのは昼間の出来事の当てつけか、何にせよ、今度はやられるつもりなど到底ないようで
背後が海という崖っぷちの状況で、ジークは振り切られた鎌を飛び上がって躱した
肌に刺さるのは、神の力そのもののように感じる
ジークの中のウルカヌスがざわめいて、それに呼応するように、周囲の土や石が小刻みに震えた



(勝てるわけ、ないだろう)
(ただ、今は少しでも時間を稼ぐんだ)



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