絶P | ナノ
行動≒感情≠目論見





「リカルドの野郎!」

「ジークのクソ野郎!」


船底の小部屋に放り込まれたスパーダとイリアは毒づいて、二人は固く閉ざされた扉に拳を見舞った
もちろんそんな衝撃で壊れるほど軟な扉ではないので、手を赤く腫らすだけに終わった
イリアやスパーダが怒るのも当たり前だと、ルカは思う
それでも何故か、自分自身はどうしてもリカルドとジークに憤りを感じることが出来なかった


「裏切ったのかな?本当に。止むを得ない事情があったのかもしれないよ?」

「ああ?事情があったら裏切ってもいいってのか!」


スパーダはルカの胸倉を掴み上げる


「でも、ガードルっていったっけ?前世で兄弟だったんだよね。きっと僕達には計り知れない複雑な事情があると思うんだ」

「だからってよォ!……裏切りなんて…ダメだろ?」


ルカの真剣なまなざしに毒気を抜かれたのか、それともスパーダもまた完全に憎悪しきれないのか
ゆるゆると胸倉を掴んでいた手を離し、放った言葉には先程までの勢いはなかった

でも、とイリアが声を上げた
膝を抱えてそこに顔を埋め、僅かに覗く眉間には皺が寄せられている
何を言うかはその場の全員に分かった、ジークのことだ


「あいつは、裏切る理由なんてあったの?ないじゃない!」

「んー…もしかしたらマティウスの前世と親しかったん違うん?」


声を荒げたイリアを宥めるように、エルマーナが言うも、何の確証も持たない仮定
口をへの字に曲げた彼女はふん、と鼻を鳴らして不快感を露わにした
ずっと黙っていたアンジュも少し躊躇いがちに、首を振る


「前世の縁とは、限らないわ。もしかしたらシアンくんと同じような理由かもしれない」


誰も、ジークの生い立ちの欠片すら知らない
二匹の犬と共に生を受け、生まれた直後教会に捨てられ、不気味がられた揚句殺されそうになった
そして二匹の犬がその身を守るために教会の人間を殺し、帰る場所を失ったという少年、シアン
数日前、ガルポスのジャングルの奥地で本人と老人から聞いた凄惨な過去

それらを思い出した彼らが同時に思い浮かべたのは、ジャングルに住まう老人、ポゥから聞いた、もう一人の子供の話
もし、その子供が、ジークだったとしたのなら
彼女があれほどまでにガルポスを遠ざける理由も、納得できるのだ



「でも…仮にそうだとしても…許せねェっつの……」



完全に勢いを失ったスパーダは、帽子を失った喪失感を紛らわすようにがしがしと頭を掻く
ジークと、トレードマークのキャスケット帽が同時に帰ってくるのなら、それが一番いい
だけどもし帽子だけが先に帰ってきてしまったなら、それで、二人の繋がりはなくなってしまう
あの時帽子を預けておいてよかったと、スパーダは心の奥底でそう思う
先程見た彼女は、ちゃんと自分の帽子を被ってくれていたのだから










数日の航海を経て着いた港は、誰の姿も無いひっそりとした、簡素なものだった
北の方なのだろうか、少し肌寒さを感じる空気だ
兵士はルカ達を放り出すと船内へと戻り、扉は閉ざされる
無人の港に取り残された彼らが感じたのは、どうしようもない気だるさ


「けっ、ずいぶんと余裕じゃねぇか。転生者の底力を舐めんなよ、意地でも逃げ出してやる」


人気のない周囲をぐるりと見渡して、スパーダは腕まくりをする
だがアンジュはそれを止める、むっとして振り向いたスパーダを、諭すように口を開いた


「感じない?力が封じられてるわ」

「あー…そういや何か身体が妙にダルダルだな」


この感覚には憶えがある
例えばいつか、異能者捕縛適応法で捕まった時に連れて来られた、留置所のようなあの場所


「グリゴリの技だ……!」






ジークはリカルドの隣で、ガードルの声を聞いていた
決してグリゴリに知り合いがいるわけではなかったが
マティウスと手を組んでいるのなら行動を共にしても問題はないとの独断だ


「他の人間どもが創世力に関心を持ち始めておる。最早一刻の猶予もならんのだ」

「どうするというのだ?あの子達の拘束が、何の益となるのか、聞かせてくれ」

「知れた事。奴等が思い出した記憶をそっくり頂くのだ。手術を施させてもらう」


手術、と聞いてリカルドの眉がぴくりと動く
記憶をそっくり頂く手術、というのはつまり、頭部に施すものなのだろう
頭の悪いジークでもそれくらいは分かった、だからこそ一瞬息が詰まった

何故なら、マティウスはそんなことを言っていなかった


「何だと?そんな事が出来るのか?それに、あの子達の命は保証してもらうはずだったが」


リカルドが動揺を隠せていない
つまりは彼もそんなことをするとは聞かされていなかったということ
様々な知識を持つリカルドの知らない手術、ならば

ジークは背に嫌な汗をかくのを感じた


「案ずるな。身体に悪影響は出ないはずだ」


恐らく、な、と付け足してくつくつと笑うガードル
リカルドはしかし喰い下がろうとするのだが、そこでジークが前に出る


「待てガードル。マティウスはそんな事を言っていなかった。そんな事せずとも泳がせて全部思い出させればいいだろう」


ガードルはジークに明らかな侮蔑の目を向ける
そういえばこいつは転生者が嫌いだったな、と初対面を思い出しながらも、ジークは動じることなく見返した
口の端を歪め、彼は首を横に振った


「奴等はテノスに向かうんだったな。テノスは今や激戦区、潜り抜けるには時間を要しよう。わざわざ待っていられんな、てっとり早く手術させてもらおうぞ」

「でも、うぐっ!?」


ガードルの大きな手がいきなり伸べられジークの首を掴み上げる
地面から離れ宙吊りになった彼女は短く呻いて、それでもなお目の前の男を睨みつけた


「くどい!!」


「ジーク…!」


リカルドが制止に入るも、ガードルはそれをふんと鼻で笑い飛ばし、片腕で軽くジークを振り被る
勢いをつけてすぐ傍の民家の石の壁に叩きつけたかと思うと、あまりの衝撃に気を失ったジークの頭をガードルは踏みつけた
ごり、と鈍い音がして、その行いにリカルドは眉間を狭くする


「脳に悪影響は出るかも知れんが、命に別条はあるまい。安心せよ。」


彼はにやりと笑みを浮かべ、まるで嘆きでもしているかのように大仰にかぶりを振る


「転生人は危険なのだ。それにアルカや軍に利用されるより、ここで静かに余生を過ごす方が幸せというものだろう」

「…納得できんな」

「いつ反論を許した?弟よ、もう一働きしてもらうぞ」


ガードルはそう言い残して、最後に一度ジークの頭を蹴飛ばし、去って行った

彼女が叩きつけられた際に落ちた帽子をリカルドは拾って、砂埃を払う
まだ病み上がりだと言うにも拘らず手酷い扱いを受けたジークを
そっと抱き起こして手近な壁に寄り掛からせ、帽子を被せておいてから立ち上がった
何故、抵抗しなかったのだろう、そんな疑問を余所に、彼はそっと木箱を寄せた
こちらに近づいてくる、複数の気配を感じたのだ、それらが誰かだなんてリカルドがよく知っている


丁度その方向から死角になる位置にジークがいることを確認してから、振り向けば、やはりそこには彼等がいた



「あーら、リカルドさんではございませんこと?ご機嫌いかが?」

「テメェ…、逃げなかったことだけは評価しておいてやる。じゃあ、素手ごろがいいか?それとも得物アリでやるか?」

「スパーダ君、暴れては駄目。幽閉じゃ済まなくなっちゃいそうだし」


皮肉びたイリアの声と、敵意剥き出しのスパーダの態度
それを止めたのは、またしてもアンジュだった
彼女も思うところが色々あるはずだ、だがそれらを抑えて、いつも通りの態度でリカルドに接する


「それで、リカルドさん、何か御用ですか?」

「お前達の様子が気になってな」


躊躇うことなく、リカルドは言う
嘘ではないことが分かるので、その場の誰もが目を見開いた
言葉を失いかけていたルカは言いたいことが全て溢れそうになるのを何とか抑えて
今聞かなければならないことだけを声に出すよう心掛けた


「僕等はこの通り、元気です。それで、どれぐらいの期間、ここにいないといけないのですか?

「さあな、一応罪人という扱いだからな。下手すれば一生…となるだろう」


背けた顔が曇ったのを、誰一人見てはいなかった
それぞれ今の状況を嘆くことに専念していたからだ


「最悪っ!」

「ざけんじゃねーっての!」


今にも殴りかかって来そうな二人を物ともせず、涼しい顔を作りなおしたリカルドは
目と鼻の先にあるぼろぼろの、どう見ても空き家を指差して口を開いた


「少し話をしよう。食事を用意してある」


その話題に食いついたのは、エルマーナとコーダ
こんな状況だからこそ、明るく振舞わなければいけないのかもしれない
渋々、といった様子は抜けなかったものの、彼等はリカルドに促されるまま、空家へと向かった

振り向いたスパーダは、ちらほらとしか見えないグリゴリ達の中に、ジークの姿を探す
ふつふつと湧き上がったのはどうしようもない悔しさと、憤り
木箱の影でジークが薄らと目を開き、帽子を大事そうに抱きしめたことを、少年は知らない


(あれは、嘘、だったのかよ…!)


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