絶P | ナノ
迷いを見せるな






夜明けごろ、レグヌムの港に一隻の船
出港を待っていたルカ達に対し、先行した王都兵を突破しようと声を上げたスパーダに
リカルドが寄越したのは、応ではなく否の、ライフルの銃口だった


「あなたは…契約を遵守する方だと思い込んでおりましたが…」


驚きに彩られたアンジュの声
直前まで信用し切っていたリカルドの行動を裏切りと受け止めた一行は
絶望と怒りを織り交ぜて、各々声を荒げたり、静かに憤った


「詐欺師!裏切り者!」

「……許せねぇ。覚えてろよ」

「ええ〜、うそ〜ん………。リカルドのおっちゃん、最低やぁ」


その怒りと、落胆を、次に受けるのはこの身なのだ、と
恐らくリカルドも驚くことになるのだろう、或いは誰もそうは思わないかもしれない
元々自分にあらぬ期待をする者はいない、ジークは自嘲気味に心の中でほくそ笑んだ

今まで黙っていたルカが、リカルドに問い詰める、何故裏切ったのか、と
ガードルが、タナトスが己の兄で、初めて会った時に念波で直接心に語りかけ、彼に裏切りを唆したらしい
それを聞いてルカは黙る、しかしアンジュは凛とした、だがほんの少し憂いを含んだ瞳でリカルドを見詰めた


「込み入った事情がおありなのですね。でも、わたしはまだあなたを信じます」


酷い人だ、とジークは思う
裏切った後でそう言われるのは、何よりも辛い
いっそ罵詈壮言でも並べ立てて、罵ってくれた方が、楽なものなのだと
だけどきっと、アンジュはそれを知っていてわざと言っているに違いない

つくづく世渡りに長けた女性だな、と感心したところで、いつの間にか、傍にいたはずのマティウスがいないことに気づく
マティウスは既にルカ達の前にいて宗教裁判がどうの、と話していた
そしてアルカ教団が枢密院のお墨付きを貰っているのだと言う、するとアンジュが息を詰まらせ、俯いた

(すうみついん…?)

それが何なのかは分からなかった
元々頭の良くない自分にはあまり関係ないと割り切って、ジークは腰に手をやる
銃が向けられているにも拘らず、今にもマティウスにとびかかりそうな、スパーダ
それを牽制する必要を、感じた

そろそろ自分がこちら側にいることも教えてやらなければ、と



 カッ
   カッ



「動くなよ、少年」



スパーダの足元に二枚の刃が刺さる
船から帽子を押さえてひらりと舞い降りた数日ぶりの黒色を、瞳に映して
スパーダだけではない、リカルドを含めた全員が今し方の行動と、それに含まれる意味を理解し
一様に言葉を失って、それを見たマティウスはふっと鼻で笑った


「では、判決だ。貴様等はグリゴリの里にて幽閉させてもらう。命を奪わないのは、同じ転生者としてのせめてもの情けだ」


もしもマティウスがルカ達の命を奪うのだと言えば、流石にジークも迷っただろう
だが先刻言った通り、マティウスは彼らを殺したりするつもりはないそうなので
まだ心の隅で安心している自分があることを、ジークは気付いている


ルカがマティウスを魔王だと確信したらしく、創世力を使って何をするつもりだと問いかける
含み笑いを零したマティウスは答えず、錫杖を振って、ルカ達を船に乗せるよう命令を下した
武器を奪われ数珠繋ぎに縛られたたルカ達は、為す術も無く連行される
ジークは何も言わず立ち竦み、数日前まで仲間だった彼らが横を通り過ぎていく


二つほど、刺すような視線を感じた、恐らくイリアとスパーダだ
くっ、と喉を鳴らしたのは、嗚咽ではなくどうしようもなく溢れる笑み



「ジーク、私は教団へ戻る。奴らをグリゴリの里まで見届けろ」


「りょーかい」



軽く、敬礼の真似ごとをしてみせて
ジークは何食わぬ様子で、リカルドの横を通り船へと乗り込む
遅れて追ってきた足音はつい先刻彼らへ銃を向けていた男
流石に、彼も大人なので、説明を省いても状況を飲み込めたらしい

船内に足を踏み入れた瞬間、あ、と声を上げたのはジーク
軽く驚いたリカルドは、「どうした」と尋ねる、返って来たのは自分自身に呆れ返った声音


「どうしよう…少年に帽子を返すの忘れてた」


被っていた帽子を、指さして
普段と何ら変わらぬ態度のジークを見たリカルドは、若干戸惑った



「俺が言えた立場ではない。だが、お前は…」

「マティウス氏についた。アルカ、とやらに興味はないが、な」


以前よりも幾分か顔色はよくなった、ように見える
だが、どうしてか今の方が、憔悴しているようにも見えた
向けた背は、大人のリカルドと比べれば、比べ物にならないほど小さく
似たような状況を持っていたが、リカルドは彼女にかけるべき言葉を持っていなかった



「さて、あいつらが私に何というかが見ものだな」



不自然に弾んだ声はどこぞの殺人鬼を彷彿とさせる
痛々しい強がりを、しかしそうは感じさせないジーク
リカルドは嘆息してから、いつの間にやら遠くに見えるレグヌムの港を眺めていた






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