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決別を前にして








ジークはガルポスが嫌いだった
国、を、恨んでいたのではない
その地で感じた全てのものを恨み、憎んだ

例え直前まで仲間だった者の手を離してまでの無条件の信頼を置いたのは
それらから救い出してくれたのがマティウスだった、ただそれだけのこと


(なんで、こんなに苦しいの)
(誰か、助けてよ、だれか、だれか)
(だれかだれかだれかだれカダレカダレカダレカダレカダレカダレカ)








「マティウス、様!」


アルカ教団の本拠地、黎明の塔
その入り口付近で浅い眠りについていたジークは光を遮る帽子の下で薄く目を開いた
以前から服用していた錠剤、酔い止めとも偽ったことのある不眠薬はどうやら没収されたらしい
人並みに眠りを嗜むようにはなったのだが、その度に前世や現世の記憶が思い出されるのはあまり気持ちのいいものではない

長い階段を上って来たのは、ジークにとって見覚えのある、二匹の犬を連れた浅黒い肌の少年
彼はジークの姿を目に入れると驚いたように足を止め、戦闘態勢を取って二匹の犬は唸り声を上げる
だが戦意がないことを悟るとその闘気を和らげ、安堵の息をついた
彼らは一様に満身創痍で、体中傷だらけの状態
そのまま戦ったとしても結果は目に見えているも同然だったのだけど



「お前は……ス?」

「…ス、ってなんだよ…」

「その犬がケルとベロ、だから…お前はスじゃないのか?」

「ち、がう!ボクはシアンだ!」


噛みつくような勢いで、ス、ことシアンは咆える
しかし全身の傷の所為かその場に崩れ落ち、必死に両腕で体を支えていた
どうしたのか、と聞けばやや嘲笑するかのような瞳で階段の上に悠々と座っているジークを見上げた


「お前の仲間にやられたんだよ。大体、なんでお前がここにいるんだ」

「…寝返った。マティウス氏に味方しようと思ってね」


無表情でそう言うジークを見て、シアンは目を見開く
何かを言おうと口を開く前に、彼女は階段から飛び降りてシアンの前に降り立つ
警戒の声を上げる二匹の犬を気にすることなく、シアンを肩に担ぎあげた


「わ、わぁっ、何するんだ下ろせ!」

「マティウス氏のところに行くんだろう。…ああ、それと」


少し、躊躇って一呼吸置いてから
ジークは囁く程度の声音で呟いた


「久し振り、だな」


まだ文句を言おうとしていたシアンは、短すぎる言葉に込められた意味を察し大きく開いた口を噤む
ぐっと唇を噛んで、ジークの服を握りしめ、焦げ茶色の瞳に涙を溜めて俯いた



「……遅いよ、ウルカ」



震えた声は、聞こえないふりをしておいて
二匹の犬はくぅんと鳴いて、階段を登るジークの足に擦り寄って歩いた



















「恐らく、次に奴らはレグヌム経由でテノスへ向かうだろう」


ガルポスでルカ達と戦ったシアンの報告を聞いたマティウスは、仮面の中からのくぐもった声で話す
それを、チトセの隣でジークは何も言わず聞いていた
奴ら、というのがルカ達を指しているのは分かっていたし、その言葉が完全に彼らを敵、若しくは有益な情報源と捉えているのもわかっている
躊躇いの度合は、彼女の頭上にあるスパーダの帽子が如実に表しているだろう

作戦会議ともとれるアルカ教団長の話の大半を聞き流し、最後だけが耳に入る


「ジーク、私と共にレグヌムへ向かうぞ」


それはつまり、次に彼らと顔を合わせた時が決別となるということ
眉一つ動かさず、ジークは小さく顎を引く
聞き流していた話を改めてチトセに聞き直せば、レグヌムにてリカルドがルカ達を裏切る予定なのだそうだ
驚きがなかったわけではない、だが、いつか顔を合わせた男ガードルとリカルド、いや、タナトスとヒュプノスは兄弟で
グリゴリの長たるガードルがリカルドに、グリゴリ経由で裏切りを促し、それがもうすぐ実行されるという
やはり、誰しも前世の縁を断ち切る事は容易ではないらしい

尤も、今自分がここにいるのは前世ではなく現世の縁なのだと
ジークは自分にそう言い聞かせ、納得させようとした


どんな顔をしていればいいか、なんて決まっている
いつも通り、無表情のままでいればいい
そしてスパーダに帽子を返して、それを決別の証としよう


マティウスは手早く、王都兵とグリゴリ達に協力を仰ぐ文書を送っていた
二度目の裏切りの苦みを、蜜の味と思い込むことで自らを騙し
ジークは唇だけで、薄く笑った



「ジークさん、アスラ様を頼むわよ」

「ああ…そうだな。任せておきたまえ」


心配そうに、或いは気遣って声をかけてきたチトセに対し
道化染みた大仰な返答をしたジークは、彼女の足元に膝をつきその手を取った
細い指に唇を寄せて、目を閉じる


「コノハナサクヤ姫。あなたは花の中で王の帰還を待っていればいい」


薄く頬を染めたチトセに模造品の微笑を寄越し、ジークは立ち上がる
言動も、行動も、全て平常を装うため

マティウスの後に続き、王都へ向かうグリゴリの船へ乗り込む足取りは、酷く重々しく
まるで鉛でもぶら下がっているのかと錯覚してしまうほど、足が動かなかった
いっそこのまま石にでもなって、全てを放棄してしまえればどれだけよかっただろう
そんな無意味な仮定も置き去りにして、"その時"はやってきた



(そして見えたのは、裏切りの銃剣が緑の後頭部へ向けられている光景)


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