絶P | ナノ
手放し手を取る












ジークはベッドの脇のチェストに置かれた帽子を見やる
それは昨日スパーダが置いていったもので、次に会った時に返せよ、とのことだった
少し前にもそんな約束を半強制的に交わされたな、と思い出しながら
彼、いや、彼女は自らの包帯を巻き直していた

赤黒い二つの傷跡はまだ痛みを残すものの、常人と比べれば異常な治癒力だと思われる
見ていて気持ちのいいものではないそれをやや不器用に新しい包帯で隠し、ジークはまたベッドに横たわる
彼らは無事にガルポスに着いたのだろうか、と瞑目し


だが次の瞬間、突如現れた何者かの気配に、いやでも目を開かざるを得なくなった
現れたのは奇妙な仮面で頭部を覆った、幅のあるローブで得体を掴ませない、見るからに一般人ではない外見の人物
全力で警戒を抱かせるような相貌の人物に対し、やはり彼女も警戒を抱き、片手でナイフを構えながら隻眼を細める
仮面の怪人物は、見えない口を開いて、男とも女ともつかない声を発した


「久し振りだな」


「…誰だ?」


「マティウス、と言えば分かるか?」


聞き覚えのありすぎる名前だった
イリアがその名を口にする時は必ず恨みが込められていた
彼女の育った村を焼いたのだと、眉間に皺を寄せてそう語った

だが、何故そんな人物が自分を知っているのだろうか
直接顔を合わせた記憶はない、もしどこかですれ違ったとしてもあんな外見の人物を忘れるはずもないのに
訝しげに相手の出方を窺っていると、マティウスはジークの目前で仮面を外した

現れたのは、とても美しい、見覚えのある、顔

ジークは赤目を見開いて、一瞬呼吸することすら忘却した



「そ、んな……あんた、は……!」



前世で見た顔、というのもあった
だがそれ以上にその顔は、ジークにとって忘れることのできない顔だった
ジークがここにいられるのは、その人物のお陰と言っても過言ではない、ほどに
魚のように口を開閉させているジークの頬に、マティウスはそっと触れる
そして慈母のような美しい微笑を浮かべて、再会を喜ぶのだ



「久しいな、名もなき転生者。いや、今はジークと名乗っているのだったか」

「あ、ああ…そう、です」

「何をそんなに畏まっている。お前と私の仲だろう?」



前世ではなく現世の縁
名も知らない仲だったが、確かに、マティウスはジークの恩人だった

伸べられた手を、取るか、取らないか

もしその手を取れば
ルカ達の手を離すことになるのだろう

だが、ジークは知っている
一度自分を救った手を、拒むことができないことを
それを知っていて、マティウスが手を差し伸べていることを



「私と共に来い、ジーク」



全てを知っていて、ジークは
伸べられた華奢な手を、今一度、握った
例えそれが、つい先日まで行動を共にした仲間達を裏切る選択なのだとしても
ジークは自らの意志で、マティウスの背を追った

ただ、片手にスパーダから預けられた帽子があるのは
まだ彼らに未練を残しているのだと、そういうことなのだろうか

覚悟は、していた
再び彼らと見えた時に、刃を向けることになるのだということ
通算二度目の裏切りを果たすことになるのだということ
その時の彼らの目を、蔑みの目を、想像しながらも

ジークはマティウスと共に、ガラムから姿を消した






(その頃、彼らは)
(とある不遇な少年と、とある不遇な少女の話を、とある怪しい老人から聞かされていた)





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