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緊急告白






カタンカタン、椅子が揺れる音が空気を揺らす
スパーダは珍しく帽子を被らぬまま椅子に逆に座り、背凭れに頬杖をついてそれとなく口を開いた


「なぁ、ジーク」

「ん」

「お前さァ、オレの……」

「ハスタ的に言うなら、兄さんだな」


言い淀んでいたところを、当の相手があっけらかんと答えるのでスパーダは手の上からガクリと顎を落とす
現在宿屋から、スパーダとジーク以外の仲間は道具屋へ出払っていた
今日中にもガラムを発ち、ガルポスへと向かうのだという
まだ完全に怪我が治っていないジークが同行するかどうかの判断は本人に委ねるとルカは言い
ジーク自身、自らの胸のうちで既に答えを出していた


「私は…いや、ウルカヌスは、デュランダルを深く愛していた、らしい」

「ならなんでオレとアスラの前に現れやがったんだよ、あんな槍持って」

「ゲイボルグが、誰にも必要とされなくなったのが悲しかった」


気を失う前と全く同じ、淡々とした口調で「悲しい」と言い切るのは果たしてジークか、ウルカか
口をへの字に曲げてその表情を窺えば、やはり無表情で、しかし伏せられた瞳が心情を語っている
言及する気など失せたスパーダも、色素の薄い双眸を伏せ目がちにして、斜め下へ視線を逸らす


(もしも、)


もしもジークが、この時代でも自分の兄だったなら、愛してくれたのだろうか
表情を曇らせて、自身の為に、「悲しい」とでも言ってくれるのだろうか、と
意味のない問答を、スパーダは脳内で展開させていく

無意味だと悟った頃、ジークがこちらをじっと見つめていたことに、彼は気付いた


「…んだよ」

「いや。迷惑をかけたな、と」

「ったく、まぁだ言ってやがんのか」

「仕方ない、だろう。裏切ったんだから、私は」


(裏切っ、た)

その言葉にスパーダの肩が小さく揺れる
何か引っかかるものがある、何かが何なのかはわからないのだけど
それが前世のものかそれとも現世のものか、取っ掛かりが掴めないのでその疑問は声にも出されず無に帰って行く

消えかけた疑問を更に上塗りしてかき消すかのように、スパーダは別の問いかけを口にする


「で、お前は結局行くのか、ガルポス」

「行かない」

「即答だなオイ!」


一秒の間も残さず帰ってきた答えに少年は思わず語調を荒げる
大声が傷に響くのか、ジークは眉を潜めて肩を竦めた
そこで窺い見た、少しだけ不安そうに瞳を揺らすスパーダ
ジークは気の赴くまま、帽子を被っていないその頭の上に、手を置いてみた


「…何してんだよ」

「いや、何となく」

「……ケッ」

「…勘違いしないでくれ、スパーダ。私は皆といくのが嫌なわけじゃなく、ガルポスが嫌いなだけなんだ」

「そりゃまた面白ェ理由だな。ガルポスなんてド田舎に恨みでもあんのかよ?」

「そうだな、あると言えばあるかもしれない」

「…、………そか」


スパーダは、自らの問いかけに返されるのは否定だと、打算的にそう考えていた
何故なら相手は物事に執着の薄そうなジークだったから
ほんの少しとはいえど、仲間内でジークと一番付き合いの長いのは自分だと
そんなささやかな高を括っていたのだが、改めて気付かされる

(オレ、こいつの事なんも知らねェんだ)

身の上の話になるとのらりくらり、言葉を躱してきたジーク
一度聞いたのは両親の話、親の顔を知らないとそう言った、それこそ定かではないのだが
あのタイミングに限って嘘はないと言い切れないのは、やはり相手のことを何も知らないからだ

頭の上に乗った手が控えめに髪を撫で、少年は不機嫌そうに目を細める


「それに、本調子じゃない私がついていっても足手まといだしな」

「ガルポス終わったら、テノスだぜ?」

「じゃあ…そこで待っていることにしようか」

「戦場抜けるってのかよ」


「出来ないことも無い」、言って離れていく手を、スパーダはどうしてか引き留めたくなる
浮きかけた手を無意識に抑え込み、喉で痞えた声は掠れ気味の吐息となって唇の間から漏れた


「なぁ、ジーク」


やがて生まれた台詞は、自分のものとは思えないほど、真剣な声音で



「オレ、お前の事、好きかもしんねぇ」




ある意味場違いな台詞に目を見開いたのは、ジークではなくスパーダ自身
付き直していた頬杖から顎を浮かせ、一瞬前の発言を思い返し呼吸を止めていた

スパーダがジークを気にかけていたことは、彼自身自覚し認めていた
だが、性別の壁がそこにあったわけでもなく、今までそのことを口にしなかっただけで
ジークが女性であることなど、医者に言われた時も、ストンとすんなり受け入れられた
ルカやイリアやエルマーナのように大仰に驚くこともなく(寝ているジークの前だったので三人はアンジュに叱られた)
アンジュやリカルドのように息を詰まらせ驚きを心のうちに留めることも無く

なんだ、そうだったのか、と
驚きよりも、納得の方がしっくりくる言い方だ


スパーダは年相応の、健全な不良少年なので、女性への興味はイリアにそれを「スケベ」と言わしめるほど
彼も自分がそうであることを認めていてそのことを恥じたり隠そうとすることなどはなかった
そんなスパーダが、外見のいい女性、肉欲的な女性に対して抱く「好き」という感情と
先刻、ジークに対して告げた「好き」という感情は、どこか違っているように思えた
だからと言って、彼がルカ達に抱く「好き」と同じかと問われればそれとも違うような気がする

糸くずのように絡まり合い解けなくなった思考を、スパーダはぐしゃりと髪を掻き乱し振り払う


「すき」


ぽつり、ジークはその単語を復唱した
嫌いの意味を知っているなら、その反対語の意味も知っているはずなのだが
「好き」という意味に色々な種類がある事まで知っているかは、どこまでも疑わしいものだ


「スパーダ」


何だよ、と半ば逆切れ気味に逸らしていた顔をそちらへ向ければ、いつの間にか寝台から身を乗り出して眼前に迫っていたジーク
血みたいな色だと思った左目はそれよりももっと赤く、その赤をここまで間近で見たのは初めての事だと、呑気にもそんなことを考える
反対側の眼は今は医療用の眼帯に覆われていて、何かを言おうと開きかけた少年の唇に、小さく薄い唇が近づいて



事故などではなく、故意的に、触れあった



頬を朱に染めることも忘れ、離れていく口唇にスパーダの目が釘付けになる
何故、どうして、どんな経緯でこんな結果になったのか、凪いで行く心の底で問答を繰り広げる
答えを出したのは、少年ではなく、少女の方だった


「好意を持った者同士はこうするんじゃないのか?」

「は……」

「お前が読んでいた雑誌にそんな写真が載っていた」


字は読めなかったけどな、などと、こともなげに言うジークを責める理由も無く

そしてスパーダは悟る
この状況は自らのスケベ具合が生み出したものなのだと
そのせいで生まれて初めてのキス、俗に言うファーストキスを相手から奪われた少年は
もう二度とこの旅でそういう類の雑誌を買ったりはしないと、固く心に誓った


(最初はオレからって決めてたのに…!)


(あの狂人と間接キスだなんて知ったらどうなるのだろう)


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