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お目覚めコーリング







目が覚めて、一番最初に視界に入ったのは、コーダだった
頭のすぐ上にいるらしく、前のめりになってジークを覗き込んでいたので視界はコーダで一杯だった
コーダの大きな目と暫く見つめ合い、何となく居心地が悪くなって視線を横にずらした先にいたのはリカルド
彼はトレードマークともいえる黒いコートを着ておらず、日中に蒼いセーター姿は初めて見たかもしれない、と
ジークはまだ上手く働かない脳でそんなことを考えていた


「……こー、だ」

「ぬおぉ、目が覚めたのかしかしっ」


掠れた声を発すれば、コーダは少しはしゃいだ様子で体を弾ませる
彼が目覚めたことに驚き目を見開いたリカルドは、椅子に座ったまま口を開いた


「…気分はどうだ?」

「最悪、だ」

「ふん、減らず口が叩けるなら心配ないな」


先刻よりも発音のよくなったジークの返答を、リカルドはふっと鼻で笑い飛ばす
だが、両腕を支えにして上体を起こそうとするジークを慌てて制止しようとするが、既に遅く
「ぐぉっ」という痛々しい呻き声と共に、彼は寝台から崩れ落ちた


「すごく痛い、…死んだ」

「当然だ、常人なら死んでいた重傷に、感染症も併発しているときた」

「やっぱりか」

「気付いていたなら、何故言わなかった?」

「私の問題なのだから、関係ないだろう」


寝台から落下した体勢のままふい、と顔を背けるジーク
自分の体を見れば丁寧に包帯が巻かれていて、周囲の様子からここは宿屋だったのだろうと察する
それから、いつも右目を覆っていた感触もなく、そういえば意識も朦朧とした別れ際、ハスタに投げ渡したような気もする
ただ、感触がなくなったからと言って、右側に光が戻っているかといえば否だ、そこにあるのは飾りに過ぎず、光などずっと前からなかった

とにかく、二重の重傷がある腹が痛いなぁと呑気にそう思っていると、がちゃりと扉が開く
入ってきたのはスパーダで、彼は部屋に踏み入った途端動きを数秒止め、床にひっくり返っているジークを注視して
数秒後やっと事態を理解したらしく、足を縺れさせながらそちらへと駆け寄って、倒れた身体を抱き起した


「な、おい、おま…っ目、覚めたのかよ…!」

「見ての通りだが」

「っくぅ……よかった!生きててくれてありがとな!」


スパーダは容赦なく痩躯を抱き締め、ジークは走る痛みに顔を顰める
そんなスパーダの頭を小突き止めさせたのは、彼と共に部屋に入ってきたアンジュとエルマーナで、彼女は心の底から安堵した微笑みを浮かべていた
その微笑を、ジークは素直に綺麗だな、と思う


「ほんと、死んじゃうかと思った。良かった……」

「ウチも安心したわぁ、目ェ覚ましてくれて!」


アンジュの瞳には涙が浮かんでいて、ジークの視線に気づき緩やかな袖でそれを拭う
エルマーナはスパーダよりも控えめに抱きついてきて、彼は少し戸惑いながらも少女の頭を優しく撫でた

そうこうしているうちにルカとイリアが戻ってきて、二人はジークが起きていることに気付くとやはり驚いた
ジークは自力でベッドに這い上がり足を投げ出すと、解けたままの髪をかき上げるようにして頭を掻く
居心地がいいような悪いような、初めての雰囲気に飲まれそうになっている

まず、彼が視線を向けたのは、翡翠色の目を真っ直ぐこちらへと向けているルカだ
何に対してかは分からないのだが謝らなければいけないと、そう感じたらしい


「あの、ええと……ルカ。何というか、その…」

「ありがとう、ジーク!」

「…は?」


しかし言葉を遮ってルカが発した言葉は意外なもので、逸らしていた目で思わずルカを見てしまった
彼は大きな瞳を潤ませて、眉尻を下げながら続ける


「僕を助けてくれたでしょう、そのせいでこんな、怪我、して……ごめんね」

「何、言ってるんだ、お前」


ジークは心の底から信じられないといった表情で、ルカを見た
怪訝そうに顰められた眉と、眉間に寄った皺が、その不可解な様子を表している


「謝るのは私だ、ルカだけじゃなく、全員に。すまない、いや……ごめん、なさい」


顔を背け、誰とも目を合わせず、ジークは謝罪する
彼はもともとのらりくらりとした性格であって、こうして素直な謝罪が出たのは、誰にとっても驚かれることだった
そして続けてジークは言う、「もう一緒にはいられない」と
何故そんなことを言うのか、全員が理解できた、だからこそ理解できなかった

イリアは肩を怒らせてベッドに腰かけているジークの前に出ると、思い切り右手を振り被る
パン、なんて可愛い音などではなく、ばちーんという痛々しい音がして、その頬には真赤な手形が残った
ジークなら避けられたのかもしれないが敢えて避けなかったのだと、イリアは解っていた


「あんた、バッカじゃないの?」

「否定はしないぞ。…私は所詮、ルカをアスラだと知って襲いかかってきた奴らと何ら変わらなかったんだ」


自嘲気味に肩を竦めるジークの態度が気に入らなかったのか、イリアは包帯が巻かれた腹の傷を小突く
声も無く悶える彼が脂汗を噴き出しながら次に見た彼女の顔は、泣きそうだった
咽喉に言葉を痞えさせ、だがどうしても次の台詞を口に出せなかったイリアは無言のまま部屋を駆け出て行く
反射的に追おうとしたジークの身体は、ルカとスパーダによって制された


「…それでも最後はルカを助けたじゃねぇか」

「そうだよ、あの時ジークがいなかったら僕は死んでたかもしれない」

「でも、」


食い下がるジークを、スパーダが寝台へ力任せに押し戻す
彼はキャスケット帽の上から頭を掻きながら、半分怒ったようにして声を荒げた


「だーっ、もういいから寝てろ!お前三日も生きるか死ぬかの状態だったんだぞ!」

「デスオアダイだな」

「ジーク、どっちも死んでるよ、それ」

「デッドオアアライブな。しかも意識不明のまま魘されて暴れるし…本当に大丈夫か、お前」

「ああ…多分、一度死んだみたいだが…お師匠に尻を蹴られてな、追い返された」

「何だそりゃあ?」


苦笑して言うジークと、意味が分からず首を傾げるスパーダ
それから、ルカが思い出したように声を上げた


「そう言えば、皆には話したんだけど…今日、創世力の夢を見たんだ。創世力には原始の巨人の意志が込められていて、定められた使い方があるみたい」

「ふーん……………何故、アスラはそれを正しく使えなかったのだろうな」


それは僕もまだ思い出せないんだ、とそう言って、ルカは首を横に振る

暫くして、エルマーナが探しに行ったイリアが、目を真赤にして戻ってきた
彼女は少し罰が悪そうにジークの頬に残る紅葉を一瞥し、俯きがちになりながら言う


「……お帰り、ジーク」


ジークは驚いたようだが、すぐ困ったようにしてスパーダとリカルドの方に顔を向ける
返事が遅れ、どうしたのかと問われると、珍しく照れたように口元を手で覆って言った


「こう言う時、何と答えればいいのか思い出せないんだが……」


どこまでも世間知らずな台詞に、スパーダとリカルドは互いに顔を見合せ、苦笑した
やがてにやにやとしたスパーダが唇を寄せて耳打ちし、頷いたジークはやっと、控えめに答えた



「……ただいま、みんな」



(顔に生気は無かったが、以前よりも人間らしく見える)
(そんなことを考えながらスパーダはまた遠慮なく抱きついて、アンジュに怒られるのだ)





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