絶P | ナノ
失くさなかった自分





ハスタは洞窟の崖っぷちに追い詰められ、ルカ達に囲まれていた
彼の武器である長槍は、既にその崖の下へと蹴り落としてある
ジークを地面に横たえてから、スパーダは警戒を怠ることなく前に出た
いつも感情的になりがちな少年の、灰色の瞳は、酷く冷めているように見えた


「さあ、これでコイツとの縁もお仕舞いだ。リカルド、とどめを頼む」

「仰せつかった。では、動くなよ?」


ハスタを打ち損じたと後悔していたリカルドに気を使ったのか、スパーダは彼にそう言う
リカルドはライフルを構え、ハスタの眉間へと狙いを定めた
そんな状態に置かれても、薄桃色の青年は自らのペースを崩すことなく口を開く


「よし、聞くんだ良い子達。こういうのはどうだろう。オレの命を助けて、仲間に加える、という案は?今時感タップリな展開じゃないか」


ペースを崩さない、と思ったら
彼は惜しむことなく、微妙に遠まわしな命乞いを始める
だが、イリアをはじめとした女性陣はあからさまに顔を顰めた


「あーあーあーあー聞こえないきーこーえーなーいー!ほら、さっさとヤっちゃえ!」

「イリア、あなたも変になっちゃったの?」

「コイツの近くにおったら、頭ん中汚染されんのと違う?はよ、駆除せえへんと…」


「君の案、女性陣は否決しているよ?きっと却下されるね」


三人の声を聞き、ルカは苦笑交じりに言う
わざとらしい絶望に塗り込められた表情をしてみせるハスタは
この世の終わりとでもいうかのように大仰にかぶりを振った


「おいおい、オレの脳内会議では過半数で可決なんだぜ?矛盾矛盾!大いなる矛盾だ!…オレを許すとアレよー?甘い汁吸い放題ダヨー、シャチョーさん?」

「甘いのな、しかし。コーダは甘いの好きだぞ」

「だろ?君の飼い主達は甘味の素敵さを知らないんだ。説得してもらえないかい?」

「ネズミに何を吹き込んでんのよっ!」


甘い汁という単語に食いついたコーダを、イリアは引っ張って後ろへ隠す
すると、恐ろしい形相で納めていた武器を両手に握った
今の彼女から溢れ出るのは、凄まじい怒気と殺気、つまり、それほどまでにハスタという人物が嫌いなのだろう


「もう、待てない!引き金ならあたしが引くっ!」

「ああ、好きにしろ」


やはり冷めた目で、スパーダはイリアを一瞥し言い放つ
少年も何かに対し怒っているのか、双眸には静かな激情が秘められているように見える
絶対的に不利な状況下で、ハスタがどこか間の抜けた声で再び話し出した


「よし、案その3だ。…その2はどうしたっけ?いや、そんなのどうでもいい。この情報を聞けば、考えはコロリと変わる。山の天気のようにっ」


語尾の方で無駄にテンションを上げてくるハスタ、しかしある意味では無駄ではなかったのかもしれない
誰にも気づかれぬ中、岩肌に横たわっていたジークは薄らと目を開いた

まだ意識に霧がかかったようにぼやけているが、少し首を動かせばハスタがルカ達に囲まれているのを確認できた
スパーダがイリアとリカルドに何かを言って、それから二人が待ってましたとばかりに武器を構え
見るからに状況はハスタにとってあまり芳しくないようで、計三丁の銃が向けられている
転生者と言えど、眉間に三発も銃弾を撃ち込まれたなら、絶命せざるを得ないだろう


「待った待った!!言うから、言うからさあ!!」


悲鳴のような、必死な声音でハスタが叫ぶ
一見命乞いをする情けない男であるように思える行動だが
まだ意識の一端にウルカヌスとしての記憶が残るジークには、ゲイボルグであった彼が今からしようとしていることがよく分かった


「えーっと、坊や?ちょっくら耳貸して。返すから」


音も立てずジークは上体を起こして、薄く笑う
槍は彼の手の届く範囲に無いようだが、武器が一つだけとは限らないのに
どうやらハスタが標的にしたのはルカのようだ、一行の中で一番純粋そうな少年は騙しやすいに違いない


「え、僕?」


(ざまぁ見ろ、アスラ!)

ウルカヌスの意識で、ジークはそう思う
このままルカが近づいて、身を屈めてしまえば、ハスタの思うつぼだ
何で誰も止めないのか、ハスタという男は侮れないと理解しているはずなのに、勝利したからといって油断している

(ざまぁ見ろ、これでアスラは死ぬ。ゲイボルグの仇は取ったことになる)
(何で疑わないんだろう、馬鹿みたい。そのままだとお前は死ぬのにな、ルカ)

(――― る、か ?)


ルカがハスタの傍へ一歩、踏み出す
その時、ジークは少し目を見開いた

脳裏に過るのは、気弱で、だけど強い芯を持った少年
よくイリアの我儘に付きあわされたり、スパーダにからかわれたりして、困ったように笑ったり
アンジュと信仰の是非について語ったり、リカルドの知識に驚いたり、エルマーナの母性にたじろいだり
天上を統べたアスラとは似ても似つかない、気が弱くて、優しい、ルカ・ミルダという少年


(ああ、何を言ってるんだ、僕は―――私は、)

ようやく完全に『ジーク』としての意識を取り戻し、彼は自嘲した
鈍く痛む鳩尾を押さえ、訳がわからないくらい熱い体に鞭打って、立ち上がる


二歩、三歩
ルカがハスタの前で、腰を落とした

ジークはあまり感覚のない足で、地面を蹴る
にたり、ハスタが悪魔のような微笑を浮かべた




「ほら、聞いてくれ。肉に刃が食い込む音を」




  ザ シュ


赤が、真赤な液体が、舞った



「 、え ?」



突然の衝撃に尻もちをついたルカの目に映ったのは
ここ最近でよく見慣れた、黒い髪と、背中
そして、背中から突き出している、真っ赤に濡れた刃の切先



突然の出来事に、誰も何も言えない
それはハスタも例外ではなかったようで、ルカを貫くはずだったナイフを握ったまま言葉を失っている
薄い腹部から背部にナイフを貫通させたまま、ジークは首だけで振り向いて、ルカを見た
赤の隻眼は虚ろで、唇の間からは多量の血が零れていたが、確かにルカの翡翠色の瞳を真っ直ぐに見つめていた



「…ルカ、…け、怪我 は、な いか?」


「……ぁ……う、…ん」


「そ、か……、」



ルカがやっとのことでそれだけを答えると、ジークは目を細め、唇で緩い弧を描いた
それはその場にいた誰もが初めて見る、ジークの微笑、だった

彼はゆっくり、緩慢な動作でルカの方へと手を伸べて




「 よ かっ た」




少年の頭の上に震える手を置いて、そっと、撫でる
艶やかな銀髪を、赤い、紅い、朱い色で彩って

その手は力無く落ちていき、体はぐらりと傾いていった

紙のように、ぼろぼろとなって倒れそうになる身体は、ハスタがしっかりと受け止める
カラン、と乾いた音を立てて血に濡れたナイフは落下した
ハスタの表情は先刻までと打って変わって、笑みの欠片すら見当たらず


ぼたぼた、ぼたぼた
 ぼた、ぼた
ぼたぼたぼた、ぼた、ぼた


赤い色が、青年の赤い服を更に赤く侵食して、蝕んで



あまりに夥しい赤が、一同の目に焼き付いて離れない



(呼吸すら忘れてしまいそうなほど)
(心臓すら止まってしまいそうなほど)



[] | []

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -