絶P | ナノ
やきもち事情
ルカ達はトリッキーな技を操るチトセを降した
ついに膝を付いた彼女は、不意に不気味な笑い声を上げる
「フ、フフ、フフフフフ…イナンナは裏切る。あなたはアスラ様を傷つける…」
「一体どういう…事よっ!」
この後に及んでまだ言うのかと、流石のイリアも戸惑いを隠せない
そんなイリアの様子を一瞥し、チトセは妖しい笑みを浮かべ、次の瞬間には煙に姿を眩ませ居なくなっていた
アシハラ独自の文化なのだろうか、煙玉を巧みに操り素早さで翻弄するのがチトセの戦闘スタイルだった
後に残った妖しげな笑声の余韻に、誰も何も言えない
しかし帰り道の王墓では、チトセに対するスパーダの喚き声がよく響いた
ルカとスパーダはチトセの前世を思い出していた
名をサクヤといって、センサスの花の女神だったのだという
スパーダによると奥ゆかしく尽くすタイプ、センサスの男たちの憧れで
アスラを一途に想いながらも、アスラとイナンナが結ばれるのを見て、彼が幸せになるのなら、と身を引いたそうだ
チトセが初対面の頃からルカに興味を持って、今もなおアスラと呼び続けるのはそのせいなのだろう
「チトセを探してるの?」
「い、いやっ…」
王墓を出た途端きょろきょろと周囲を見回すルカを見てイリアが言う
ルカは言い淀んで話を切り替えようと、記憶の場で思い出した記憶についての話を切り出したが、それはかえって地雷だった
暫く話しかけないで、そう言ってイリアは背を向ける
「ゴメン…、すぐ気分切り替えるから。ちょっとだけ待って…」
そう言われては何を言うこともできず、ルカは口を噤む
他のメンバーもその雰囲気に口を挟むことはなかったが、ある意味空気を読まなかった人間がいた
「まだ舟の出航まで時間はあるよな?」
ジークが尋ねると、一行の旅のリーダー的存在であるリカルドが浅く頷く
だったら、と、ジークはイリアの手を取って歩き出した
いつもはのろのろとしているジークが珍しく見せる機敏な動きに誰もが驚いた
「な、オイ!どこ行くんだよお前っ」
「内緒だ内緒」
スパーダの声を振り切って早足に進むジークと、強制的に引かれて目を白黒させているイリアの背はどんどん小さくなっていく
戸惑うイリアはいつもの調子も忘れて、視線だけでどこへ向かっているのかと尋ねた
振り向いたジークは、唇の端を吊り上げて小さく笑う、それは無表情な彼が滅多に見せないものだ
「生の魚。さっきリカルド氏と話していただろう。私はギルドの仕事でここに来たことがあるからな、美味い店を知ってる」
「ジーク、あんた…」
「軽い気分転換だと思えばいい、他の奴らには内緒だぞ…特にエルマーナとコーダ」
無表情に戻った彼が人差し指を唇の前で立てる仕種はどこか面白おかしく、自然とイリアも笑ってしまった
その後どこから出したのかジークの奢りで、予告通り彼女は生の魚を初めて口に入れることとなる
最初はイリアも味を疑っていたものの、一度食べてしまえば文句のないものを味わうことができて
他人の財布の余裕を気にせず暴食を繰り広げては見せたのだが、ジークは何食わぬ顔でそれを払った
どこにそんな貯えがあったのかと、イリアは本当に疑問に思う
そんな余裕があるのならもっとまともな衣類を買えばいいのにと考えたが、敢えて口に出すことはしなかった
そして次の目的地、ガラム行きの船の出港ギリギリの時間になって戻ってきた時、イリアは既にいつもの調子に戻っていたのだが
ジークは何故かいじいじとしたルカの視線に暫く捉えられていた
「ありゃあヤキモチだな」
「焼き餅?」
「焼くなバカ。ルカちゃまはお前にイリアを取られたと思って拗ねてんだよ」
スパーダに言われ、取ったつもりはないのだがと首を捻るジーク
ちなみにイリアは恒例の船酔いによって船室に籠りきっている
アンジュはその看病らしきことをしていて、エルマーナとコーダは甲板ではしゃぎ、リカルドに絡んでいた
「あーあ、さっきの発言は男らしかったのによォ…」
「僕がイリアを守るってやつか」
「まさかルカがあんな熱いコト言うなんてな、見直したぜ」
だが現在、当の本人はいじけた様子で部屋の隅に小さくなっていることだろう
思い出したスパーダは項垂れて溜息を零した
内気な弟を見守る、兄のような心境なのだろうか
よく分からずジークが思案していると、スパーダがこちらを凝視していた
でも、と前置きしてから、彼は口を開く
「妬いたのはルカだけじゃねーんだぜ、」
「…どういう意味だ?」
「オレも連れてってくれりゃあよかったのに。イリアから聞いたぜ」
(内緒だと言ったのに…)
このやろ、とスパーダはジークの頭を小突き、どこか不機嫌なオーラを醸し出していた
軽い衝撃を受け傾いた頭をそのままに、不思議そうな表情を浮かべるジークを見てスパーダは笑う
何がおかしいのか分からない自分はやはり人とはどこかずれているらしい、ジークはそう考え小さく息を吐く
それでも不思議と彼らとの旅は悪くないので、ある程度までなら同行していたいと思うようにもなった
「お、あれがガラムじゃね?でっけぇ火山」
「……そうだな」
みんなに知らせてくるとスパーダが背を向けて船室へ向かう
その時、ジークの視界がぐにゃりと歪んだのだが、すぐに元に戻る
そんなのもよくあることだったので気にせず、いつもよりふらふらする頭を固定するように片手を添え、スパーダの後を追った
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