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地下書庫冒険記
ジークの目線の先では、リカルドが本棚に背を預けて動かない
少し視線をずらしていけばそこにはエルマーナがいて、床に横たわってこちらもやはり動かない
二人は決して、敵にやられたなどそういう事情があるわけではなく
ただ単に、惰眠を貪っているだけだった
リカルドは普段の彼からは考えられないような大きな鼻ちょうちんを作り
エルマーナは大きく開いた口から涎がだらだらと流れていた
こうして見ると彼女はまだ子供であるらしい、ふとジークは思い出す
数日前レグヌムで、笑顔のまま涙を堪えた少女の姿を
『なあ、アンジュ姉ちゃん、今お願いして構へん?……その、抱っこの件やけど」
『いいよ、ほらおいで』
両手を広げるアンジュの胸に、エルマーナは顔を埋める
剥き出しの薄い肩は、少しだけ震えていて
どんなに大人らしく振舞っても、年下の子供たちの面倒を見ていても、涙を堪えることができても
彼女はやはり、子供だ
『ウチ、泣かなかった。偉かったやろ……?』
『ねえ、エルマーナ』
そこでルカが口を開く
先刻引き合いに出されたルカとしては、思うところがあったのだろう
根が優しい少年であるからこそ、目の前の少女を放っておくことができなかった
『僕なら大丈夫だよ、だから、無理について来なくてもいい』
そう言われて、エルマーナはアンジュの胸から顔を離す
そのままルカの前までやってきて、背伸びをして彼の額を指で弾いた
『ウチから見たら自分、まっだまだや。どの口が大丈夫って言いよんよ。ホンマ、全然頼りない子や。せやから、ウチ、ついて行くで?』
にっ、と向日葵のような笑顔を咲かせるエルマーナは、子供でありながらとても頼りになるように見えた
これも前世のヴリトラの影響だろうか、ルカは彼女につられるようにして微笑む
イリアもスパーダもアンジュも、微笑ましげにエルマーナを眺めていた
それ以上、ルカがエルマーナに対して見栄を張ったりすることもなく
次の目的地に関しての話をリカルドが中心となって進められる
『記憶を回復し続けていればいずれ創世力について知ることができるかもしれない。次の目的地は世界のどこかに眠っている『記憶の場』。異存は?』
反論が生まれることはなかった、しかし声に出すものが誰も居なかっただけで
ただ一人、内心で行きたくないと考えている人物はいた、そう、ジークだ
『記憶の場』が存在していたのはレグヌムとナーオス、二つの都市に共通しているのは
無恵以前に信仰が盛んだった場所、兎にも角にも『記憶の場』があるのなら、ジークは行きたくないと思う
反省したから天上に戻してくれと願った、元は神であった人間
昔は誰もが知っていたのに、今は誰も知らない、自分たちが神であったという事実
教会が真実を秘匿して捻じ曲げた、と皮肉るリカルド、彼は傭兵だから苦い現実を見ていたのだろう
それは想像以上にどろどろしたものであったはず、ジークもその身を持って現実の一部を知っていた
そして案の定、口をはさまないジークを置いて話は進んでいき
かつて信仰が盛んだった場所を調べるため、ナーオスへと向かうことになった
ナーオスの大聖堂の傍には秘密の入り口があって、巧妙に隠されたレバーを引くと床の一部がスライドした
薄暗い地下への入り口を進むと隠し部屋があり、そこは普通の図書館と言ってもおかしくない空間で
カビ臭い数万冊の本に溢れかえった空間に顔を顰める者が数名、いた
『はいはい、みんな聞いて。それじゃあ手分けして調べるよ。まず地域別、年代別に本を選んで集めていく事が最初の作業ね』
アンジュの言葉を聞いて、エルマーナがおずおずと開口する
『ウチ、字ぃ読まれへんねん』
『すまない、私も字が読めない』
続いて言ったジークに、顔を見合わせた者が二人
好都合とばかりに、勢いよく挙手した
『オレ、本読めねーんだけど』
『ワタクシ、ナイフとフォーク以上の重たい物を持てませんの』
明らかに嘘だと分かるイリアとスパーダの言葉を聞いて、アンジュは数秒黙る
人差し指を立てて、打開案を挙げた
『じゃあ、こうする。スパーダ君はルカ君の助手。イリアはわたしの助手。エルとジーク君はリカルドさんの手伝い。これでサボったりできないでしょ?はい、では開始よ』
イリア、スパーダ、エルマーナは肩を落としたが、真面目な三人に連れられてそれぞれの持ち場につく
決して嘘ではなく、事実として字が読めないと言ったジークも、自分に何が出来るのかと考えながらリカルドの後に続いた、のだが
そこで、冒頭に戻る
一時間としないうちにリカルドとエルマーナは夢の世界に足を踏み入れ、後に残されたジークはすることがなくなった
出来ることなら彼らの分も調べ物をしてやりたいと思ったのだが、生憎字が読めなければ本も読めないので、どうすることも出来ない
暗くて静かなこの地下書庫で、眠るなという方が無理があるように感じた
何より、リカルドはレグヌムからナーオスに向かう最中の野宿で、寝ずの番を買って出たのだから
ジークも寝ずにそれを見ていたので、別に彼を咎めようとも思わない
しかし眠るわけにはいかず、うろうろと歩き回って、適当な本を手に取る
開いてみたはいいものの、やはり文字は読めず、何かの記号の羅列にしか見えなかった
「お前、字ィ読めねーんじゃないのかよ」
後ろから唐突に掛けられたのはスパーダの声
驚くことも無く振り向くと、彼はジークの持った本を覗き込んでいた
「ああ、読めない。だから何が書いてるのかもさっぱりだ」
「えーと、どれどれ…ガラムについて書いてる……ガラムでは独自の信仰………鍛冶の神……鉱石の神………?」
「お前こそ本が読めないのではなかったのか…」
ジークの肩に顎を乗せてぶつぶつと本の内容を口にするスパーダ
彼の眼には、先ほどまでとは違う、どこか真剣で鋭い光が宿っていた
その声を聞き取れなかったジークは首を傾げるが、スパーダは独り言を一通り呟くと
一瞬の隙にジークの手から本を奪い去って、くるりと背を向けてしまった
「さーんきゅ、これでサボりの言い訳が出来たぜ」
ジークは黙って本棚を曲がるスパーダの背を眺めていたが、彼の言葉を反復してから気づく
「あいつ、サボっていたのか…」
ルカとスパーダを組ませた時点で、ありありと目に見えた結果だったのだけど
何かと理由をつけてサボるスパーダに何も言えず項垂れるルカの姿が、やはり容易に想像できた
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