絶P | ナノ
奪還チルドレン







エルマーナの強さは圧倒的だった

例の用心棒も、異能者であったにも関わらず
彼女は自身の拳と、脚だけでその男をのしてしまったのだ


用心棒の男は膝を付き、呼吸を荒くし眼前に立つ少女を見上げて何も言わずにいる
中年男は目の当たりにした少女の力に対し怯えたように、震えた声を張り上げた


「何をしている!お前には大金を払っているんだぞ、それに転生者狩りに捕まらないよう兵士に賄賂を…」


情けないというか、自らの不正を告白したも同然のような台詞は最後まで続かなかった
糸が切れた人形のように用心棒が崩れ落ち、どぉんと大きな音に遮られた
中年男はぱくぱくと口を開閉させ、額に冷や汗が伝うのを感じる

目の前に倒れる用心棒を倒したエルマーナの、静に燃え滾る瞳が自分に向けられていることに気付くと
必死な様子で、唾を撒き散らしながら叫び散らした



「お、俺の店から盗んだお前らが悪いんじゃないか!俺は被害者だっ!」


人を散々ゴミのような扱いをしておきながら
自分を守るものがなくなり、立場が悪くなった途端被害者の立場を持ち出してくるとは
流石のルカも、腸が熱く煮えくりかえるのを抑えきれないでいた


「卑怯だぞ、恥ずかしくないのか!」


怒鳴りつけられると、中年男はひぃっと短い悲鳴をあげて身を竦めた


「そう苛めるな、ミルダ」


そう言って前に出たのはリカルド
彼はあくまで落ち付き、いかにも大人といった態度でその場に立っている


「法的に見ればその男が盗難の被害者である事は事実だ」


リカルドの言葉を聞き、中年男は水を得た魚のように勢いよく首を縦に振る
大人同士の話をしよう、と持ちかけてくる男には分からない
リカルドという男の横で静かに殺意を漂わせている少年に気付かずにいる


「話を最初から整理するぞ」
「ああ!」
「お前は少なからぬ額の商品を、不当な手段でこの子供達に奪われた」
「そうだ!」
「では兵士を呼んで事の次第をすべて話す。それでいいな?」
「……」
「どうした。呼ばれると困る事でもあるのか?」


男の口からは言葉が出てこないようだった
ジークとリカルドは目を見合わせ、彼が言わんとしていることを察した少年が前に出る
先程まで露わにされていた殺意は今は息を顰め、それ以上にどこか残酷な雰囲気を醸し出しているように思えた



つまり、だ。あの子たちの拘束は法に則った措置ではなく君の私的制裁。そう解釈していいんだね。あとここからは私の勝手な想像だけど、君はこれまでに何度も同じような私刑を繰り返してきた。違う?違わないよね。行き場を失った子供を捕えて、ガルポスの農場に連れてって金を受け取り続けてきた。酷いよね、あそこで労働力になった子達は今頃奴隷扱いされてるんだよ。どんなに苦しいか分かる?分からないだろうね君みたいな薄汚い大人様には。ああ話が逸れた、ええと、とにかく君の言うところの『掃除』っていうのは、つまり違法な人身売買の事なわけだ。何か言いたいことはあるか?ないな?よし




ジークの言葉はどこまでも淡々としていて、抑揚も何も無く、どこか機械的だった
だがそれだけに、何とも言えぬ迫力がある

彼はにっこりと口の両端を吊り上げ、人工的な笑みを貼りつける
目が笑っていないので尚更恐ろしく感じるが、それ以上に恐ろしいのは少年の手に握られた薄く鋭利な刃物



「薄汚いおじ様よ、貴方の罪はとてつもなく重いと私的裁判で判決が下されました」


どことなくおどけた口調、それを聞いたことがあるような気がした者が数名いたが忘れ去ることにした
あまりの威圧感に何も言えず、動けないでいる男の間近に顔を近づける


 ひた、ひた



「このナイフを脳天に飾らせて頂ければ許さないこともないですけどねぇ?」


にぃ、と口元だけで笑んだジークは、男の頬にナイフの冷ややかな刀身を触れさせる
それ以上何をする必要も、言う必要もなかった

中年男の股間から湯気が立ち上っている
いい年して失禁か、と嘲笑うように言うジークにあからさまな怯えを見せ
助けてくれ、と掠れた声で懇願した



「そう言った子供達をお前は助けたのか?」


リカルドが冷たく言い放つと、男は息を飲んで首を横に振った
影でジークがほくそ笑む(ある意味先程の笑みよりは人間らしいそれで)


「明日の朝までに農場から子供達を解放しろ。いいな」

「わ、わかりましたっ。必ず子供達は解放させていただきます!」

「忘れるな。俺達はいずれこの街に戻ってくる。その時にお前が責務を果たしていないとわかったら、きっちりと清算をさせてもらう。俺達の事は他言無用だ。兵士如きが頼りになると思うな。俺のライフルはどんな長距離からでもお前の頭に風穴を開ける。試してみるか?」

「けけけけ、結構であります!」


半ば泣き叫びながら、中年男はわけのわからない声を上げて走り去っていく
イリアとスパーダが、ぱん、と気持ちのいい音を立ててハイタッチを交わす


「おっさん、泥棒の件はこれでチャラ!貸し借りなしやでー!」


エルマーナは男の去った方向に大きく手を振ると、くるりとルカたちに向きなおる
眩しいほどの太陽のような笑顔でおおきに、と、そう言った



「おう、ジーク。お前もやるじゃねぇか、見直したぜ!」

「そうねー、あんたみたいな奴って敵に回したくないわ、あたし」


イリアとスパーダに同時に背を叩かれ、ジークは前につんのめる
彼の様子はいつの間にか普段と同様のものに変わっていて、赤の瞳には相変わらず覇気が無い
ぐふ、と短く呻いて脇腹を抑えた、未だに血が滲んでいる

気付かない二人を軽くあしらうと、丁度エルマーナとややあって目覚めた用心棒とが言葉を交わしている最中だった
どうやら彼は、前世でヴリトラに多大な恩を受けたらしく、今にもひれ伏さん勢いで彼女に謝ったり何だりしている
そこでエルマーナが切り出したのは、先程収穫した霊薬のキノコを元手に、二人の子供を養ってやってほしいということ
どうやら彼女はルカたちの旅に同行するつもりでいるようで、用心棒の男もその申し出をすんなり受け入れた


「忘れるな。俺達はいずれこの街に戻ってくる。そのとき――」

「ワシを安く見るなよ。命惜しさに子供達の面倒見ると言うたんやないわい。ワシぁヴリトラ様たっての願いだからこそ、この仕事を引き受けたんじゃ。疑うならここでタマ取ってもらっても全然構わんのじゃ。そんな豆鉄砲怖くもなんともあるかい。殺ってみぃ!コラ!」


リカルドが念を押すかのように軽いゆすりを掛けてみるが、全く動じる様子もなく
石畳にどっかりと胡坐をかき、リカルドが向ける銃口にも怯むことはなく、逆に啖呵を切り返してきた

彼は銃を降ろして、信用できそうだなと呟く


「そやね、安心した」


エルマーナが満足そうに頷いた
だがそのやりとりを見ていたルカは、あまり安心できないでいる
案の定、彼の目線の先にいた子供達、リタとマリオがおずおずと歩み出て、エルマーナを縋るような眼で見上げた


「エル、どこかに行っちゃうの?」

「エル、行っちゃやだよぅ」


子供達の声に、エルマーナはそっと視線を落した


「ウチにはな、子供がおんねん。生まれる前からな、アスラっちゅう大きい甘えたを面倒みなアカンかったみたいやねん。その子、もう面倒みんでよぉなったら帰ってくるわ」


顔を上げて、二人の目をまっすぐに見て、にっこりと少女は笑ってみせた
約束だ、絶対帰ってくると力強く言う
ルカは、リタとマリオが泣くのではないかと思った
だが予想に反して、二人の子供は涙一つ流さないでいる


「行ってらっしゃい。絶対戻って来てね」

「僕、寂しいけど泣かないから」


泣いてしまえばエルマーナを悲しませてしまうことになる
子供ながらもそう思っているのだろう、必死に笑顔を作って見送ろうとしている
そして、彼女が約束を守って絶対に帰ってくると信じているのだ


うう、と用心棒の男が涙ぐむ
何であんたが泣くのよ、とイリアに突っ込まれたが、彼はやはり根はいい人間であるようだったので
エルマーナは輪をかけて安心し、胸を撫で下ろして小さく笑った





[] | []

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -