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覚醒少女







ただいま、とエルマーナは元気に下水道へと踏み入る
返ってくる出迎えの言葉は、ない

普段だったらもう帰っているのに、と訝しむエルマーナの背後でリカルドが眉を顰めた
上方、マンホールの上、外界へと向けられているだろう視線を一同が追う


「外が騒がしい。子供の声…」

「まさか!」


リカルドの台詞が終わると同時に
エルマーナは瞳を大きく見開き、ひゅっと掠れた息をのみ込むと
何を言う間も惜しいとでもいうかのように、踵を返してマンホールの梯子をよじ登った

顔を見合わせた一同は、ばかんと弾かれるようにして開いたマンホールの外へ消える少女を
放っておくわけにもいかず、何か悪い予感を胸に抱きながら上へと昇ることにした






「ありゃあ、エライこっちゃで…」


エルマーナが呟くように絞り出した声には焦燥がにじみ出ている
彼女の視線を辿れば、その先では子供と大人の言い争いが繰り広げられていた
リタ、マリオ、とエルマーナが呼びかけると、半分泣いていた子供たちはぱっと顔を輝かせる

だが二人が何か言うのを遮って、口髭を生やした商人風の中年男が彼らを出迎えた


「おうおう、親玉の登場か。貴様の子分は捕まえたぞ。さあ、観念するんだな」


観念しろ、と言う割に、中年の男はちっとも強そうでもなく、偉そうにふんぞり返っているだけだ
しかし二人の子供を捕まえている用心棒らしき男は筋骨隆々といった容貌で
彼は丸太のような腕で、リタとマリオの首根っこを鷲掴みにして、宙吊りにぶら下げていた

子供たちは苦しそうに足をばたつかせている


「はなせー、はなせよー!」


ばたばたと、苦しそうに、男のタイヤのような腕から逃れようと足掻く少年と少女
観ていられなくなったのか、イリアとアンジュが揃って抗議の声を上げた


「子供たちを離しなさい!泣いてんじゃないのよっ!」

「この子達が何をしたというのです!」


中年男は、アンジュの方を舐めるように眺め、鼻で嘲笑った


「ふん、あんたのようなお嬢さんなら耳に入れたことを後悔するような、薄汚い行為を繰り返したんだよっ!」


それは暗に、盗みを働いたということか
エルマーナの肩がびくりと揺れ、反論の言葉はない
彼女の様子を見たアンジュはぐっと押し黙る
きっとこれまで、あの男の店から食糧なり洋服なりをくすね続けてきたのだろう
少なからず、理はあちら側にあるということだ

そのことを理解したスパーダは舌打ちをした


「おっさんよぉ、参考までに聞くけどそのコら、どーなるんだ?」


「知れた事。ガルポスの農場に連れて行くんだよ。あそこでは労働力が貴重でな、いい金になるんだ」


下卑た笑みを浮かべながら中年男はそう言う
ルカたちはその仕打ちを酷いと口々に反論するが、相手は請け負おうとすらしない
それどころか子供たちを薄汚いと見下した様子で言い、その行為を掃除とまで称する始末
どうして同じ人間に対して、そこまで傲慢になれるというのか


今まで黙っていた、ジークの手がゆらりと動く
血色の悪い唇が震えていたことに気付いたのは、隣にいたリカルドだ
俯いているので前髪に隠れ、表情は窺えなかったが、ジークの様子は明らかにおかしかった

ふーっ、ふーっ、と獣のような吐息が口唇の間から漏れている
目にも止まらぬ速さでゆらめいた手には数枚の投擲剣
靡いた髪の間から覗いた深紅の瞳は正気ではないということを察したリカルドは
咄嗟に彼の腕を絡め取り、動きを制した


「何をしているんだ、ジーク」

「何って……分かるだろう、邪魔しないでほしいな」


少年の目線の先には、未だつらつらと自らの妥当性を語る、中年男がいる
彼の言うとおり確かに、民間人から見たらストリートチルドレンなどという存在は薄汚いのかもしれない
だが、こちらからすれば相手の方が薄汚かった、主に心が

んなアホな、とか細い声が震える



「ウチかて、好きで生まれてきたんちゃう」


(………そうだ)

エルマーナが一歩踏み出し、子供たちの奪還を単身で図ろうとする
ルカたちの手助けを断り、彼女は両の拳を構えた


「その子ら、置いてってもらうで?」


静かな口調だった
それでいて底冷えするような威圧感を伴った声音だった
彼女の姿が、一瞬だけ白い龍と重なって見える
先ほどとはまるで違うエルマーナから、凄まじい闘気が立ち上った
子供たちを守るという強い思いが、ついにエルマーナ覚醒のトリガーを引いたのだ


用心棒の背後に隠れた中年男に敵意をむき出しにし、一人だけで立ち向かおうとしている
ジークはナイフを握ったまま、小さく舌打ちをして
未だ拘束されていたリカルドに目で了承の意を示し、彼の腕からするりと抜け出した


数歩前に出て、隙あらば中年男の喉元を狙おうと赤目をぎらつかせているジーク
横目でその眼光に気付いたスパーダが思わず息を飲むほど、彼から発される殺意は激しいものだった


「……ジーク、どうしたんだよ」

「別に。ただ胸糞悪いだけだ」


一行の中で、一番(といってもほんの少しだが)ジークと過ごした時間が多いスパーダだが
彼の眉間にそこまで深く皺が刻まれ、不快感を露わにしている様を見るのは、初めてのことだった




「吐いた唾飲まんとけぇよっ!!」


用心棒の啖呵を皮切りに、二人はほぼ同時に足を踏み出した






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