絶P | ナノ
犬男襲来





犬だ、と
鍾乳洞の出口に程近い場所で、スパーダが呟いた
前方を見ればなるほど犬がそこにいた


「見ればわかる。しかも二匹だな」

「見ればわかるっての、」

「、イリアっ」


二匹の犬は、リカルドの発言に突っ込んだ際前に出たイリアに飛び掛かる
しかしそれに気付き咄嗟に彼女の腕を引いたルカの働きにより事なきを得た
アンジュが悲鳴をあげて後ずさり、リカルドの後ろに身を隠す

黒い犬が二匹、牙を剥いて唸っている
鋭く尖った犬歯の羅列の間から、ぐるぐると低い唸り声が漏れていた

鍾乳洞の暗がりから、人の気配
姿を現したのは褐色の肌を持つ、一人の少年だった


「この気配、ヴリトラだね。天地を轟かす龍神の気は忘れもしない」


少年はそう言うと、迷うことなく真っ直ぐとエルマーナの前へ立ちはだかる
剥き出しの上半身には、犬のようなマークが記されていた
少女が怪訝そうにして眉を顰めるのを見て、少年は小馬鹿にしたように口を開く


「ボクだよ。わからないか?」


「………、創世力の番人、ケルベロス。あんたかいな」

「今はシアンって名さ。創世力はどこだ?」


シアンと名乗った少年は、単刀直入に質問をぶつけてきた
それを聞いたエルマーナは、目を丸く見開いて首を傾げる


「ええ〜?何でウチに聞くん?どう考えても自分のんが詳しいやん」


シアンは彼女の尤もな物言いに渋面を作るが
ふるふると首を横に振って、しっかりと表情を引き締めた
天上の崩壊を見続けたヴリトラならば、創世力が地上のどこに落ちたかを知っているはずだ、と
人にものを頼む時のものとは到底思えないような不遜な態度で、少年は問う



「あれ……、さっきの記憶、変じゃない?」


だがその時、ルカたちはある不自然な点に気付く
先程彼らが見た前世の記憶では、アスラは創世力を手に入れたいと願っていた
創世力が天上を崩壊させるためだけの力だというのなら
わざわざ天上統一という偉業を果たしてまで、手に入れたいと思うものなのだろうか

答えはどう考えようと、否だ



「ボクを無視するな!創世力について聞いてるのはボクなんだ!」

「知らんモンは知らんやん。自分、もう帰ってエエんちゃう?」


地団太を踏んで自己主張するシアンに、エルマーナは至って冷めた態度でそう言い放つ
下降していた彼の機嫌を余計逆撫でしたのか、シアンは更に声を荒くした


「とぼけるな!お前が知らないはずないんだ!」

「まぁそう熱くなるな少年、せっかく涼しい格好してるんだからさ。…取りあえず、君は何で創世力が欲しいのかな」


ジークはさも創世力の実態を知らないような様子で言う
彼のそんな態度にどこか不自然さを覚えるシアンだが、顔には自信の表れた笑みを浮かべると
胸を張って自慢げに、はきはきとした声で答えた


「理想郷を築くために必要だからだ!」


「…、予想外に口が軽かったな」

「――― ってこたぁ、お前、アルカ教団のヤツか」

「そ、そうだよ、悪い?マティウス様は素晴らしい人だ!救世主となるお方なんだよ、理想郷の導き手となる人なんだから!」


誇らしげに、その名を口にするシアン
彼は宗教としてアルカに身を寄せているわけではなく
その、マティウスという人物に依存しているようにも思えた

だがその並べ連ねられる単語を耳に入れるにつれて、ジークの眉と眉の間が狭くなっていく
呆れたような、或いは苛立っているような溜息を零したリカルドがそれらの言葉を鼻で笑い飛ばした



「浅薄なお題目だな。教わった事をただ闇雲に暗唱するだけじゃ身の肥やしにならんぞ?」

「せんぱ……、……い、意味はわかんないけどボクをバカにしてるんだな!思い出せないんなら、思い出すまでヴリトラはボクらが預かる!来い、ヴリトラ!」


逆上したらしいシアンは、エルマーナの細い腕を掴もうと手を伸ばす
それを拒もうと後退するエルマーナを、誰よりも早く庇い、前に立ったのは

普段はどこまでも内気な少年、ルカだった


「君は!ただ一人、天上で生き続けたヴリトラの悲しみをわかっているのか!僕達はやっと巡り合えたんだ!」


ヴリトラに育てられたアスラを前世に持つルカだからこそ
すんなりと口を付いた台詞、だったのだろう
気迫がぴりぴりと伝わる少年の声を一身に受けたシアンはじりりと数歩下がり
幽かに震えた声で反論を唱えた


「な、なんだよ!そんな事知るか!邪魔するってんなら、無理にでも連れて行く!」


そこでシアンは一度振り返り、背後で控えた二匹の大きな黒犬に目をやった
瞬間、二匹の姿が掠れ、音速に届くかと思わせるほどの疾風と化す



「――― ケル!ベロ!かかれ!」



主の命令を受けた二匹の犬は、一直線にエルマーナ目掛けて駆け走る
標的となった彼女はヴリトラが自らの前世だということを知ったばかりで
まだ異能者としては覚醒しきっていない状態だった

犬の気迫にたじろぎ、身動きを取れなくなっていたところを
ジークに襟首を引っ掴まれて助けられた


「わ、ジーク兄ちゃん、おおきに!」

「下がってなよ」


そんなやり取りが行われていた時には既に、ルカたちは一匹の犬(恐らくベロと呼ばれた方)を相手に苦戦していた
この鍾乳洞にはそれほど強い魔物が生息していなかったため、回復も怠っていたのだ
そのツケが今ここで、こんな形でまわってこようとは誰が予想しただろう

一旦距離を取って遠距離から射撃を行っていたイリアにエルマーナを任せ、ジークは気配を消す


「きゃ、あっ」

「セレーナ!」


黒い犬の気迫としなやかな筋力に押され、アンジュが体勢を崩す
その好機を見逃すはずもなく、大きな犬の牙が彼女の喉元を狙った
雇い主の危機を察し、前に立ちはだかったリカルドがライフルの銃身で受け止めるが
追撃とばかりに鋭い爪が彼の腕を切り裂き、赤い血が舞った


「アンジュ、リカルドっ!」

「離れるんじゃねぇルカ、陣形を崩すな!イリア、援護頼むぜ!」

「オッケイ!」


イリアの二丁拳銃が火花を上げて連射、犬はそれをジグザグに走って避ける
ルカとスパーダは二手に分かれたケルとベロをそれぞれ追撃し、合流して連携を取られぬようにと手を回した

二匹の大きな犬の向こうにはシアンがいて、彼が司令塔の役割を果たしている
少年の顔には勝利を確信した笑みが張り付けられていて、完全に油断していたのだ
のたのたと迂回し、後ろから接近していたジークに気付かないほどに


ジークはそっと、少年の浅黒い剥き出しの肩に触れた


「やぁ少年」

「うわっ、なんだおま、っ!」


彼は両手を使ってシアンの口を塞ぐと、正面に回ってから顔を近づけた
まだ子供の、焦げ茶色の瞳が怯えたように揺れたのをジークは見逃さない
口の端を歪めて、笑みのような、悲しみのような、何とも言えない表情を作ると、小さく舌打ちした


「マティウスという奴の傍が余程居心地いいらしい。よかったなぁ、お前にはどんな形であれ拠り所がある」


「ぶ、はっ……、ケル、ベロ、戻れ!」


シアンの声に、二匹の犬はぴくんと耳を立てて迅速に戻る
力尽くでジークの手を振り払い思い切り突き飛ばすと、彼は警戒しながら安全性の確かな間合いを取った

岩肌に尻もちを付いたジークは押されただけにしては鋭すぎる痛みに顔を顰める
どうやら腰の辺りにあった、塞がりかけの傷がまた開いたらしい
じわりと血が滲むのが自分でもわかったが、服が黒いので誰にも分からないはず

駆けよって来たスパーダの手を借り立ち上がった時には、既にいつも通りの無表情がそこにはあった



「くっそ〜…油断した…!」


「何カッコつけてんのよ!犬男のくせに」

「ぶはは!犬男がいきがってやがるぜ!」


もはやお馴染みと化したイリアとスパーダのからかいに、犬男ことシアンは顔を真っ赤にして反論する
だがこうして陣形を立て直した彼らに、もう一度正面から立ち向かうのは無謀だと理解したのか
シアンは薄い唇を噛み締め、踵を返して二匹の黒犬と共に駆け去って行った


マティウスの部下であるらしい、犬男、もといシアンという少年
イリアをはじめとする一行は、マティウスに対する不信感と、創世力に対する関心をより深いものとし
何としてもアルカ教団よりも早くそれを手に入れなければならないと心に強く誓った





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