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オカン・ザ・ブリトラ





ここはどこだったろう、ああそうだ、天上だ、天上をアスラと、その親代わりであるらしい大きな龍、ヴリトラが制している場面だ。ラティオの軍勢は皆逃げ惑っている、くすくす、誰かが笑った、くすくす、わらった。見なよゲイボルグ、みんな逃げ惑っているよ、面白いね。誰だろう、知らない、知らないはずの少年の声、喋りかけたのは人の姿をしていないだけど大事な誰かに対してだった、彼らはどこか遠くから、アスラとヴリトラの様子をみてせせら笑っているのだろう。ああ駄目だ、駄目駄目、駄目、違う、こんな、嫌、違うんだ、違う。ぐるんと切り替わる場面、そこに自分という存在は確立されず存在せず、大気としてか塵としてか、ただただ聞いている、アスラが、勝利を宣言して、美しい女性が、イナンナと呼ばれる女性が祝辞を述べて、ヴリトラが穏やかに笑って、サクヤが切なげな微笑を浮かべ、違う、こんなの、俺の、僕の、私の望んだ結果ではなく、デュランダルは戦納めをどこか嬉しそうに、言わないで、俺は責任を果たせなかった、そこにはいなかった、そうだ、いない、いない、だからこれは夢だ、夢、この手にあの感触がないの、ないんだ、信じたくない。どこにも、楯を貫き、鎧を砕き、相手の魂を裂く、それに喜びを歓喜を感じ身を震わせるあの、何よりも大事な彼がいない、いない、どこにもいない。ああ、泣いている、オリフィエルが泣いている、愛弟子を救えなかったと涙を流している、神も泣くのか、ならば武器も泣くのだろうか、教えて、ください、師匠、お師匠、僕にはまだ分からないことばかりです、何もわかりません、あの時貴方の傍を離れたのは間違いだったのでしょうか、そんなはずはないのに。だって僕はこのゲイボルグと共に往くと、逝くと決めたのです、それが自分なりの責任の果たし方だと、そしてその末期が覇王アスラに屠られるというものだとしても、弟のような存在であるデュランダルに身を貫かれるというものだとしても、私は、僕は、後悔などしたくないのです、そうでしょう、ねぇ、お師匠は悪くないんだ、だってそうなるよう望んだのは僕だ、彼に全てを貫けと、寝物語のように語ったのは他でもない僕で。アスラが言う、創世力を手に入れると言う、それを手に入れたらどうなるんだろう、地上と天上が一つになるのだと誰かに聞いた、けど、いや、関係ない、僕が望むのは戦いだけ、殺戮だけ、そうだったはずだよ、君がそう言ったんだ、ねぇそうでしょう相棒、そうだって言ってよ、ねぇ、もうお師匠に顔向けできないよ、鉱石から生まれた僕を拾い育ててくれたのはお師匠だったのに僕は最悪の先生不孝者だね、ああ、違う、違う、違わない、違う、そんなものは僕じゃない、私じゃない、私はここ、ここにいる、ほらもう光はここにないだろう、目を開けろ、瞼を持ち上げるんだ、自分の体だろ、言うことを聞け、感覚など捩じ伏せろ、さぁ、早く、私はただの人間なんだ、前世などあるはずもないただの人間なんだ―――ッ!!










ジークが目を開くと、ルカたちは揃って不思議なものを見たような顔を並べていた
スパーダによると、彼らが見ていたものはセンサスが天上を統一した時のものであるようだ
前世で既に身を滅ぼし、場にいなかったはずのリカルドもその光景を見ていたらしい


「………ジークは?」


イリアが控えめに尋ねるが、ジークはかぶりを振って何も見ていないという
自称転生者ではない彼をそれ以上言及するとまた厄介なことになるのは目に見えていたので、イリアは何も言わずにいた

今のは何だったのか、という一同の疑問に答えたのは博識であるアンジュだった
彼女によると其処は天上での記憶の結晶、記憶の場
それと同じものが聖堂の地下室にあり、彼女が転生者として覚醒したのは記憶の場がきっかけだったそうだ



「ほな、さっきみたいなん他んトコにもたくさんあるっちゅう事?」

「ありうるな。これを巡って回れば…」

「どんどん思い出せて楽しゅなるっちゅうワケやね!」


エルマーナがはしゃいでぴょんととび跳ねる
あくまで自然に会話に参加していたエルマーナ、であったが
ある違和感に気付いたイリアとスパーダが、ばっと彼女を振りかえった


「はぁっ?」

「ちょっと待てッ!」

「君も見えたの?」

「せや。ウチ、ヴリトラやってん」


事も無げに淡々と述べるエルマーナを見て、ルカは大きく驚いた
だが、やはり淡々と紡がれた「ウソや」という言葉に
ルカは安堵と、何となく残念だという気持ちを覚えた


「…なんだよ。まったく驚かせやがる」

「っていうのもウソっ。ウチ、ヴリトラやってんて。自分はなに?アスラ?」

「アスラは僕だよ」

「あんたかいなぁ!なんやアスラと違ぉてほっそい身体しとんなぁ……まあエエわぁ、これからたっぷり食べな?ウチが頑張って食わせたるから」


幼い容姿に伴わない、頼り甲斐のある笑みを浮かべて少女は言う
彼女は本当に、前世に龍を持っているようで、何やらじわじわと記憶を回復させてきた
イリアの前世をサクヤと間違えたり、ヴリトラの感じていた寂しさを夢で見ていたり
エルマーナはエルマーナで、前世を加えても除いても色々と苦労をしてきたらしい

アンジュの抱っこを友達ができたから今はと辞退するあたり
必要以上に大人びてしまったのは、その所為なのだろうか



輪に入ることなく、離れた位置に立っていたジークは偶然あるものを発見する
しかしそれをどうこうするには個人の独断ではならないと思い、丁度傍にいたリカルドの袖を引いた


「…何だ」

「あれ、どう思う?」

「………どう考えても、駄目だろう」

「だよね」


二人の目線の先では、コーダが色々とやらかしていた
リカルドの微妙そうな顔に気付いたアンジュが声をかけ、彼は動じていない風に、答えた
ここはやっぱり動じておくべきだと思うジークも至って冷静だった


「その目的のキノコだが……」

「コーダが食べてるよ、いいの?」


「って、何で気付いたら止めないのよォ!」


イリアが肩を怒らせ言うも、当の二人はどこ吹く風で涼しい顔をしていた


「思い出に水を差すような無粋な真似はしたくないのでな」

「右に同じ」


マズイマズイと連呼していたコーダの脳天にイリアが一発拳骨を入れ、しかし予想外なことにコーダは一口しか口に入れてないという
それだけ不味いキノコが毒でないだけで驚きだ、流石長寿の霊薬、良薬口に苦しといったところか

一口分、歯形のついたキノコをエルマーナが受け取り、前世関係で波乱万丈なキノコ採取劇は幕を閉じた


(出口に近づくにつれて獣臭い匂いが薄く鼻についた)





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