絶P | ナノ
拒絶ダスク
ナーオスへ戻る道の途中、ルカたちは新しく仲間入りしたリカルドと話しに耽っていた
どうやらリカルドはあの西の戦場で指揮官を殺すという任務を果たすことができなかったそうだ(ハスタの所為で)
それに交わらず先頭を歩いているジークの耳に入ってくる話題はどれもくだらないものばかりで
アンジュとリカルドに、スパーダが「お坊ちゃま」と呼ばれる事実に対し心の準備をさせようなどと
イリアとルカがコーダを使い目論むも、当の「お坊ちゃま」にそれを阻まれていたりする
波乱万丈な旅路なのに呑気な事だ、とジークが申し訳程度に呆れていると、若干ぼこぼこになったコーダが左足にまとわりついてきた
何事かと思えば、コーダは黙っていれば可愛いと思えるかもしれないその視線でジークを見上げている
「ジーク、どこか痛いのか、しかし?」
「は…何だ、藪から棒に」
「痛そうな顔してたぞ、イリアに治してもらっただどうだ」
コーダは服の裾を引いて、アンジュやリカルドと、前世と現世の風貌の繋がりについて論議しているイリアを指す
彼女はまだ怒っているのだろうとジークは解釈して、そっと首を横に振る(コーダは尚も心配そうに眉を下げる)
後ろの方では、アンジュに促されたリカルドの自己紹介が始まっていた
「名前は知っているな?そして俺は傭兵をしている。これでは不服か?」
「一緒に行動するんだから、もっと色々知ってる方がいいと思うけど…」
「かもしれんな。だが全員の名はもう憶えたぞ」
そう言ったリカルドは、本当に全員の名を覚えていた
しかも、余計面倒臭いように思われるファミリーネームの方で
「お前がミルダ。雇い主はセレーナ。あのガキがアニーミ、もう一人のガキがベルフォルマ、ハスタに噛みつかれていたガキがジークで、あの生き物がコーダだったな」
前を歩いていたジークは前につんのめり転びそうになった
流石にその憶えられ方はないと思う
彼の狼狽した様子に気づかないアンジュは、その呼び方が少しよそよそしいと不満であるようだ
「ファーストネームで呼ばれた方が、打ち解けられると思いますが」
「フン、問題なかろう」
「照れているんだね」
ルカが笑顔で投下した爆弾発言に、リカルドは僅かに頬を染め血色の悪い顔が染まる
アンジュは苦笑するが、決して良好な関係を拒んでいるわけではないということに安堵した
結局彼らは、ヒュプノスという死神を前世に持つ、リカルド・ソルダートという傭兵の男を、リカルドと呼ぶことになった
ナーオスに近づいた頃、イリアとスパーダは妙な笑い声をあげていた
ルカを間に挟んで、盛り上がっている内容は、リカルドに対する勝手な想像、のような何か
「あひゃひゃひゃ!」
「ひゃはは!」
「いひひひ!」
「ぶひゃひゃひゃ!」
「きしゃしゃしゃ!」
「ねえねえ…」
ルカに突っ込まれるまで二人の笑い声はやまずにいて
それを聞き流して気にしないでいたリカルドが、唐突にジークに声をかけた
「ジーク」
「…なんだ、言っておくが私にファミリーネームはないぞ」
そのことではない、とリカルドは首を横に振って否定する
なら何なんだ、ジークは疑問符を頭上に浮かべた
彼の問いかけが、自身の地雷であることを想定もせずに
「お前の前世は誰なのだ?思い出せないのだが…」
「あら、そういえばわたしも気になってたのよ。あの人間離れした動き、やっぱり転生者だし…」
ぴたり
ナーオスの入口で、ジークの足が止まる
未だ彼に対するイラつきを冷ましていないスパーダが、舌打ちして振り返った
その灰色の目には呆れのような感情が映されている
「んだよ……まだ言いたくねぇのか?別に隠さなくたっていいじゃねぇか、オレらみんな同じなんだぜ?」
「ち が……ぅ、…」
「大体お前無鉄砲すぎだろ、やる気ないと思ったらいきなしすっげー動きするしよ、んな紙切れみてぇな体で……ワケ分かんねー」
「スパーダ、ちょっと言いすぎじゃあ……」
ぺらぺらと紡がれる、スパーダのジークに対する悪態を、よくないと思ったのかルカが止める
さっさとハルトマンの家へ向かおうとしていたイリアが、違和感を感じて立ち止まった
本人から言い返される言葉が、全くないのだ
ジークは俯いていた
石の床に視線を落とし、色素の薄い手のひらを握りしめ、更に指が白くなっている
アンジュが心配そうに彼の肩に触れようと手を伸ばす
その様子を見ていたスパーダは、帽子を深くかぶり直し、尚も憎まれ口を叩いた
「ケッ……そんなに転生者であることを認めたくねぇのかよ」
「こら、スパーダ君。人は誰だって触れられたくない事柄が―――」
ぱし ん
アンジュの華奢な、白い指先
それは無碍に払いのけられた
「俺は……っ!転生者なんかじゃねぇっつってんだろうが!!」
その場の全員が丸く、目を見開く
一瞬、誰がその台詞を言ったのか理解が出来なかった
或いはスパーダのものかと思った者もいたが、声のトーンが丸っきり違っていた
視線が集まるのは、ジーク
彼は息を荒くし、自分でも驚いた様子で口元を手で覆っていた
「……すまない。ちょっと頭を冷やしてくる」
先にハルトマン殿の家へ行っててくれと言い残し、ジークは駆け去る
あんな怒鳴り声を上げるとは思ってみなかったルカとイリアとスパーダは、言葉を失った
いたたまれないリカルドは眉を顰め、何も言えないでいる
払いのけられた手を見つめるアンジュは、きゅっとそれを握りしめ、とにかく行きましょうと言うことしかできなかった
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