絶P | ナノ
死神パラダイス






「…なんだっけ名前」


リカルドと対峙していたスパーダは彼の名前を素で忘れてしまったらしい
ジークはアンジュを背負ったまま彼らに並んだ(彼女を背負っている所為か三人に若干驚かれた)


「リカルド氏、だろ」


そう呼ばれるとリカルドは軽く顔を顰める
恐らくあの特徴的な桃色頭の青年を思い出したのだろう、思い出したくもない記憶を
彼はその青い瞳にジークを映した際驚きを覚えるが、決して顔には出さなかった



「またガキか。いつから戦場はガキの遊園地になったのやら。……まあいい。アンジュという女を探している。知らんか?」


「はぁ?なんであんたに教えないと…」


イリアの言い分は尤もだった
ルカもスパーダも答えるつもりは微塵もないようだ
だが、当のアンジュ本人はジークに降ろしてもらうよう頼むと
自ら「わたしがアンジュです」と名乗り出て、リカルドの前へ立った


「俺はリカルドという。君の身柄を確保するように依頼を受けているんだが」

「あいにく連れがおります。御一緒してもよろしいかしら?」

「悪いがエスコートできるのは君だけだ。他のガキの面倒まで見られない」

「あら、残念ですね。でしたらお断りします」


アンジュは毅然として言い放つ
後ろからスパーダがおっさん呼ばわりして野次を飛ばすが
リカルドは流石"大人"といったところで、落ち付いた態度で少年をあしらった
しかし今回ばかりは依頼内容にも関わるためか、微かながらに戦意が感ぜられる

ルカが慌てて前に出た


「この前は見過ごしてくれたじゃない!今回はダメなの?」

「いいか?ガキ。前にも言ったが俺は仕事中だ。アンジュを連れて行くという契約を結んでいるもんでな。契約には逆らえんだろ?ん?」


あくまでルカたちをガキとして扱うリカルドに少なからず腹が立ったのか
スパーダは喧嘩腰で、アンジュを連れて行くなら自分たちを倒してからにしろと申し出る
リカルドは乗り気ではないようだが、やる気が全くないわけではない様子で薄く笑んだ

ルカたちは各々の武器に触れ、リカルドも銃剣を片手に持ち直す
ジークが仕方なさそうにナイフを抜こうとしたところで
アンジュが数歩前に出て、今まさに自分を連れて行こうとしている男へ近づいた


「ではこうしましょう」


「いい覚悟だ。手荒には扱わない」


彼女が自らの意思で同行を受け入れたのだと解釈したリカルドは武器を外套の裏へ仕舞う
綺麗に微笑んだアンジュは、ゆるゆると首を横に振って懐を探り、何かを取り出した


「違います。こちらを…」


差し出されたのは薄暗い基地内でも輝きを保ち、嫌でも高価だと思い知らされるような首飾り
リカルドは驚きに目を見開き、真意を図るため目の前の女性とそれを見比べた
彼女は聖女に相応しいまでの微笑を湛えていたが、どこまでも計り知れない雰囲気がそこにある


「こちらを差し上げます。いかがでしょう?」


暫く黙ったリカルドは、その首飾りを受け取ると、何がおかしかったのか笑いだした
ジークは、アンジュという見た目は清楚な女性の強かさにどうしても笑いが込み上げたのだと思う
この目の前の光景を二文字に略すと、金に物を言わせた、いわゆるあれだ


(…買収……)


「これは素晴らしい物だな。違約金を払っても十分な釣りが出る」

「では、その釣り分で契約を。わたしの護衛をお願いいたします。足りなければ手付とさせて下さい」

「いいだろう。…しかし、なぜ雇う気になった?」

「さらわれては困ります。それだけです」


頷いて御意を示した男に対し
果てしなく清楚な笑みを浮かべたアンジュは、さらりと答えた
もしかしたら彼女は腹の底が真黒なのかもしれないとジークは悟る

その傍ら、一応までにアンジュはルカやイリア、スパーダに許可を求めていた
彼らは一度戦場で見逃してもらっており、そして自称仕事熱心だという男の性分を知っているため
数十秒の論議の後あっさりと採用が決定され、取りあえずナーオスの町へ戻り、ハルトマン宅へ世話になることとなった

空腹を訴えるコーダに急かされ、(金で)仲間を増やした一行は基地からの脱出を試みる





「お嬢さん、おいで」

「い、いいわよ、もう…」


ジークは走りながらアンジュに手まねきして、また背負おうとするが流石に二度目は拒否される
まだ彼に対し怒りを覚えているイリアとスパーダが怪訝そうに眉を寄せ二人を見た


「あんた、そんなひょろっちい身体でよく人をおぶれるわね。骨と皮しかないんじゃないかと思ってたわ」

「まったくだぜ。つーかこいつマジで中身入ってないんじゃねぇの?」


「お二人より頭の中身は詰まっているはずだ」


ぽそりと呟かれた言葉を敏く聞き取った二人は目を剥いて怒りを露わにし
そうさせた本人はどこ吹く風で涼しい表情を浮かべながら走っている
怒りのゲージがあるとすればそれがどんどん上昇しているイリアとスパーダを見かね
ルカが彼らの機嫌を取ろうとするも、二次災害によって涙目にさせられるだけで終わった


ふと、先頭を走っていたリカルドの足が止まり、彼の後ろを走っていたジークが必然的にその隣へ並ぶ
出口をほぼ目前にした停止、しかも二人揃って武器を構え出すので、何事かと後ろに続いた全員が訝しんだ


「どうしたの ―――!!」

「あんだぁ?てめぇ…」


前方からやってくる人物に気付き、ルカとスパーダも身構える
泣き虫である少年も、その雰囲気に当てられたのか流石に涙が引っ込んでいた

やってきたのは褐色の肌に白髪、そして肩に大きな鎌を担いだ鋭い眼光の男
彼はその口端を歪め、初対面であるはずのルカたちを嘲笑った


「転生者ども、この混乱に乗じてコソコソ逃げおおせるつもりか?天上を滅ぼした下衆らしいわ…」


「不愉快な挨拶じゃない!一体何の用?あんたもアンジュ目当て?」


どこか威厳や風格を漂わせる男の重低音な声に気押されることなくイリアが啖呵を切る
彼女の隣ではアンジュが「わたしモテモテね」などと頬を赤らめていたりした
だが目前の男はやはり二人を、いや、その場の全員を見下した態度で、鼻で笑い飛ばした


「はっ!一人ではない!全員に用がある……地上のために死んでもらいたいのだ。我が名はガードル。地上を守りし者」


ガードルと名乗った男は挨拶代わりとでも言うように、一番手近な位置にいたジークの首を狙い鎌を振り抜く
咄嗟に後ろへ下がった彼の頬には赤い線が走り、時間差で赤い雫が零れた
男の動きを一部始終観察していたリカルドは銃を構えたまま目を細める
大きな傷跡がある彼の額を、冷や汗が伝った


「こいつ…、只者ではないな…」

「地上のため…ってどういうことよっ」


「己の胸に聞いてみよ。地上の敵め…」


大仰に嘆かわしい声音で吐き捨てたガードルがこちらへ近づいてくる
スパーダが身を強張らせ息を飲んで武器に手を掛けた
ガードルは鎌を大きく振りかぶり、斬りかかる、それを銃身で受け止めたのはリカルド
技の後の隙を見逃さず、ルカが背の大剣を抜いて大きさに伴わない速度の斬撃を繰り出す


「裂空斬!!」


地を蹴った勢いで身体を前に捻り、剣を構えたまま自身を回転させる技
だがガードルは身を引いてそれを躱し更なる攻撃を加えようと一歩踏み出す


「させるかっ!!」

「この、!!」


双剣を抜いたスパーダが走り込んで懐へ潜り、浅く相手の腹を裂く
スパーダの両脇を掻い潜るように、イリアの放った弾丸がガードルを狙うがかすり傷程度にしかならなかった
怯むことなく、彼は双眸に憎しみの光を宿し一行に斬りかかる



「はあぁ!!」


「うぐっ、」
「く…!」

「しっかりしてください!」

体勢を整えていたルカと、それを庇うようにして立ちはだかったリカルドに新しい切り傷が刻まれる
血が噴き出すが、咄嗟にアンジュが発動した天術、ヒールによって事なきを得た

満身創痍の彼らの間を縫うようにして、黒い疾風が駆ける
振り抜かれた鎌を掻い潜り、ジークは外套を翻して目を晦まし、両手の指に挟んでいた短剣を投げつけた


「ぐ、この…忌々しい転生者どもがぁ!!」


「っと」


自分に向けられた憎悪と敵意を感じ取り、両腕を身体の前で交差させ身を庇うようにしながら後ろへ下がる
放たれた黒い衝撃波によって外側にあった右手の甲が薄く切り裂かれた

胸部に三本のナイフが刺さったガードルは流石に息を荒げ、数歩後退する
ぎり、と歯を食いしばったところで、二人の剣士が追い打ちを掛けてきた


「いくぜルカ!」

「うん!魔神剣っ!!」
「虎牙破斬!!」


ぐ、と悲鳴を噛み殺したガードルの血が飛び散る
膝を付いた彼に対し更なる追い打ちをかけようとしていたリカルドが、急に引き金を絞ろうとしていた指を止めた



「………。お前は…」


「なになに、リカルド氏のお知り合いー?」


全くもって空気を読まないジークの間延びした声が背後から掛かる
リカルドは内心で、彼をハスタに似てるなどととてつもなく失礼なことを考えたが決して口には出さない

ガードルはすっと立ち上がると、そちらを警戒したまま後ずさっていく
そのまま出口へと向かい、どうやら引いてくれたようだ


そこでやっと、緊迫した雰囲気の糸がぷつりと切れ
安堵のため息をつく者や、そっと武器を収める者がいた

基地を出るまで、元々無口なリカルドの口数が更に減った理由を知る者はいない






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