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強行的手段




ジークは考えていた
例のシリンダーに詰め込まれていた聖女アンジュ、どうして彼女は動向を拒むのだろうか
その意図がどうもよく分からない、理解できないでいる


「でも、一緒に行くべきかな…?」


このまま兵器として人殺しの道具にされるところだったと、アンジュは確かに安堵の顔色を浮かべたのだが
彼女はそう言って、同行を躊躇っていた
転生者は生きていてはいけない存在だとさえ言い切る

確か聞いた話によると、聖女と祭り上げられたはずのアンジュはナーオスの街で現在悪魔と呼ばれていた気がする
それは彼女の力が正当防衛とはいえ暴発して、大聖堂を全壊させたからなのだろう
彼女は許せないのだ、自分も他人も嫌悪する、異能の力が


「わたしなんかが…人殺しの道具にされたところで、誰も何とも思わないんじゃないかな…」

「ああ!?何言ってんだ、お前」


眉を寄せ不快そうに言うスパーダをアンジュは真っ直ぐと見返し
強い芯を持った声と意志で続けた


「力は役立てる物よ。わたしの力は…、聖堂を崩壊させ、さらに教会を汚辱させてしまったもの。ただ迷惑をかけるのなら…、いっそこのままでも…」


「力のせいで、誰かに利用されたり、傷つけたりする以外の生き方は無いってのか?」


最初は強い口調でも、段々と尻すぼみになっていったアンジュの言葉を聞いていたスパーダが静かに言う
彼は今度こそ火が付いたようで、一歩踏み出してかなりの剣幕で叫んだ


「ざけんなっ!そんなの何の意味があるってんだよ!要はあんたが何をしたいかって事だろ?」


スパーダの言うことはどこまでも正しかった
しかしアンジュが見ているのは過去の、聖堂を崩落させた自分
その時の自分を見る、周囲の嫌悪と侮蔑と恐怖に満ちた視線


「それ以前に…奇跡を起こし、人を癒し続けたんじゃないの?それで助かった人達が、あんたに感謝してないワケないじゃないっ!」

「そして、これからだって、人のために力を使う事が出来る。もっと色んな人に感謝されようよ」


イリア、ルカに言われ、アンジュは顔を上げる
その目は未だ、記憶の内にあるトラウマめいたものを見詰めていた


「でも…、わたしが捕まった時の、周囲の侮蔑と恐怖に満ちた視線が忘れられない…」


「ああ、何かめんどくさくなってきた」


口を挟むことなく黙っていたジークが場違いな声を上げる
この状況で面倒臭いなどとはどういう了見だ、とイリアとスパーダが少し怒りながら
ルカは疑問符を浮かべながら彼を振り返ると、ジークはその手に愛用の投擲剣を握っていた

彼の目は真っ直ぐとアンジュを射抜いていて、流石に彼女に対し投げつけることはないだろうが
普段から予測不能の行動と言動をとるジーク相手なら油断は出来ないと、アンジュ以外の三人は身構える

だが彼に戦意は無いようで、ただナイフを持ったまま不安そうに瞳を揺らすアンジュの前に出た

少し背の低いアンジュは彼の隻眼が細められるのを、確かに見た



「要は、あれだ。誰かを助けられると君がこの場で再確認できればいいわけだ」



名案だと言わんばかりに朗々とした声で彼はそう言うも、周囲の誰もがその意図を図れない
誰かが何かを言う前に、ジークは襟を引き下げ刃を素早く走らせる


ブシャァ、
  ぽた、ぽ た


一瞬、噴水のように血が吹き出し基地の壁を赤い飛沫が彩った
ぐらりと後ろへ傾斜していくジークを見て、漸くその場の全員が状況を理解した

ジークは自らの首の血管を切り裂いたのだ、何の躊躇いもなく

顔を真っ青にさせたアンジュは目を見開き、咄嗟に両腕を前に突き出して天術の力を収束させた



「ひ…っヒール!!」


淡い光に包まれ、ジークの紅い傷が塞がっていく
光の粒子が僅かに降りかかり、ロクな手当の施されていなかった腰の傷も半分ほど塞がった

反射的に駆け出し受け止めようとしていたスパーダの両腕に触れる直前で、彼は自身の足で踏みとどまる
あまりにも突然の、衝撃的な出来事に言葉を発せないでいる一同に対し
当の本人は焦燥や死に触れかけた恐怖感を欠片も滲ませることなく、血に汚れた刃物を布で拭った



「なんだ、ちゃんと助けられるじゃないか」



あくまで平坦な声で、彼なりにアンジュを気遣っている、のかもしれない
常識という名の枠を遥かに逸脱した行為に対し、わなわなと身体を震わせているのはスパーダ
どうしたのか、とジークが後ろを振り返ったと同時に、スパーダは彼の頭を全力でどついた
警戒していなかったので、彼は受け身も取れずに派手に倒れた


「…っか野郎!!テメェ何のつもりだ、あァ!?」

「え、実施訓練的なアレのつもりだったんだが…」


何を怒っているんだ、とぼやきながらジークは立ち上がる
目の前には眉を吊り上げ、怒っている感丸出しのイリアがいた―――と、ジークが認識するよりも早く
イリアの利き手が閃いて、バチンといい音がした
ぱちんなんて可愛い音ではなく、バチーンだった

ジークの頬に残ったのは真赤な紅葉


「あんたバカね、バカ!ルカよりも大バカよ、このバカっ」

「何故だ……」

「何故じゃないわよおたんこジーク!」


イリアとスパーダが怒っている、それはわかる
だが振り向いた時にいたルカでさえ、怒っているのだ

ルカが、怒っている


「……どうしたんだ、ミルダ君」

「どうしたもこうしたもないよ…ジーク、もうこんなことしないで。もう一度したら、許さないから」


明らかに怒っていた
三人は一様に怒っていて、一人取り残された感があるジーク
そんな彼に構わず、一同は話を進めて行き、アンジュ・セレーナがやっと首を縦に振って彼女の同行が決まる
そしてその前世が、ラティオの軍師、オリフィエルであることが発覚した

彼女は前世がアスラであるルカに気付いても、襲いかかってくるようなことはなかった
些か和やかな空気が流れ始めてきた頃なのだが、残念ながらここは決して安全な場所ではない
しかも隠密行動をとらなければいけない潜入中だったのにも関わらず、あの大騒動
ここでゆっくり話し込んでいる余裕は、零に等しいものだ


「あのー…話すならここを出てからの方が…」


控えめに掛けられたジークの声に過剰なまでな反応を返し、キッと振り向くイリアとスパーダ
だが今回ばかりは、二人の口の悪さが発揮されることもなく
基地内には、けたたましい警報の音が鳴り渡った
気付いた兵士がなだれ込んでくるのももはや時間の問題だろう


彼らは顔を見合わせると、即座に脱出するために駆けだした
元々走るのが苦手だというアンジュと、何となく距離を取らなければいけない雰囲気を察したジークが
必然的に並ぶこととなり、アンジュは少し躊躇ってから声を掛けることにした


「あの……ジーク、君?」

「ん、どうしたんだお嬢さん、やはり走るのは辛いか?」


アンジュは頬や額に汗を滲ませながらもゆるゆると首を横に振る
ジークは暫く黙った後、走ったままアンジュの前に出てぴたりと足を止めた
当然アンジュはジークの背にぶつかることとなるが、彼は体勢を崩さずに腰を落とし彼女の膝裏を掬い上げる
短い悲鳴を上げたアンジュは、ジークに背負われていることに気付くまで数秒はかかった


「お、お、降ろして!わたし、体重が、その……」

「いや気にするな。で、何」


アンジュを背負って尚先刻までと変わらぬスピードで走るジークに気押されたのか、彼女は一呼吸置いてから言った



「ジーク君は、あの子たちがどうして怒っているのかわからない?」

「……全くもって見当もつかん」

「やっぱり、そんな顔してたもの。ついでに言うと、わたしも怒ってるのよ」


耳のすぐ傍で聞こえるアンジュの声が曇ったのを感じ、ジークは首を捻ってその様子を窺う
彼女は肩に掴まる手にぐっと力を込めていた
いつまでたっても彼が答えを弾き出すことは出来ないかもと踏んだ彼女は凛とした声音で言葉を紡ぐ

聖女のような優しさと、教師のような厳しさを孕んだ声だった


「あなたはそう感じていないようだけど、あの子たちはちゃんとジーク君を友達として見ているのよ。友達が自殺紛いのことをしたら、怒るのだって当然じゃない?」

「………そういうものか。…つまり、奴らは私の為に怒っている?」

「そうよ。……ジーク君、本当にそれがわからなかったの?」


数秒黙ったジークは、肯定の意を示して頷いた
アンジュは少し呆れたがふっと柔らかく笑んで、彼の頭の上に温かな手を置いた
彼女からは見えないジークの目が見開かれる


(…、温かい)


今までの生き方では到底触れることのなかった温かさ
スパーダと接触してから、彼の人生は転がり落ちるように目まぐるしい変化を遂げていった

そろそろ戸惑いを持ち始める頃なのだが、今は目の前の問題を片づけるのが最優先
少し離れて前を走っていた三人の前には、最近見知った顔の男がいた


(……ああ、リカルド氏)





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