絶P | ナノ
垣間見える境遇




現在地から西へ向かえばナーオス基地へとたどり着くことが出来る
いよいよ向かおうとなったところで、ルカが深い溜息を零した
乗り気じゃなさそうなルカを珍しく心配するイリアだが、ルカは眉を下げて呟いた

家族が心配してるんじゃないかなぁ、と



「んー、してんじゃない?あんた、家出同然だったし」

「イリアは、帰りたいとか思わないの?」


ルカの問いかけに、イリアははっきり否と答えた
前世の記憶の所為で嫌な思いをするのは御免だ、と
その強い意志に思わずジークは感嘆の口笛を吹き鳴らす
隣でスパーダもへぇ、と呟いているのが聞こえた


「あたしはあたしの人生を歩むの。アルカなんて絶対信用出来ないし、かといって捕まっちゃうのも御免だし」

「で、でも…、こういう暮らしってツラくない?」

「何言ってんの?アルカで生きていくか、この前みたいな戦争の駒として死ぬかの二択じゃない!」


自分の道を歩むと強く心に決めているイリアと、まだそれに抵抗がある様子のルカ
対照的な二人は図らずとも、一度ぶつかるのは目に見えている
元々内向的であったルカは国や教団相手に逃げ回るのは手に負えないと、どこまでも弱気だった
そして何より、彼が望んだ"アスラ"という前世を取り戻しても出会うのが敵ばかりだったという事実が堪えたらしい

つらつらと弱音を吐くルカに痺れを切らしたのか、イリアはきつい口調で言い放った


「それが何?じゃあ、帰ればいいじゃない!あたしは…、帰るに帰れない…。帰りたくても帰れないんだから…」

「……」

「あたし、あんたを巻き込んじゃったね。…ごめんね、ルカ?」


迷惑をかけるつもりはなかった、と言うイリアの声は涙で滲んでいた
先刻言われた「帰ればいいじゃない」という台詞で肩を竦ませていたルカは何も言えないでいる
状況を見かねたスパーダが静かに口を開いた


「なあ、ルカ。お前の言う通り、国や教団を相手にしてんだぜ。どのみち帰った所で、すぐ捕まっちまうってモンさ」


ルカが、そう言うスパーダを見上げると、彼は例の邪悪な笑みを浮かべて言うのだ

「どうせ捕まんだったら、もうちょい頑張ってみねぇ?」

肯定も否定も返せず、ルカは震えるイリアの肩を眺めた
酷いことを言ったかもしれない
少なからずルカは、あの少女の強さを羨ましいと思っていた
イリアが帰らないと胸を張って言えるのは、彼女が強いからなのだと
普段強がっている分、素直に「ごめん」の言葉が出てこないイリアには帰ればいいと言うことしか道は残されていなかった
それに気づかずルカは一人傷ついたように、女々しく、なら帰ってしまおうかと気持ちがそちらへ傾いた

しかし帰っても捕まるのなら、という悪魔のような顔で紡がれたスパーダの言葉にルカの天秤はまた水平に戻った

彼の背を押したスパーダにも、帰る家がないことくらい、それを望んでいないことくらい、今までの会話で幾分か知り得ているルカ
流し目で流れる草花を観察している風なジークだけは、どうにも分からなかったけれど


「……ジークは?お家の人、心配してないの?」

「…ん、してない。勘当されたから、俺」

「か、勘当…って…。帰る家があるのは僕だけ……」


どこか後ろめたさを感じている様子のルカに、ジークは目を細める
彼は少年の大剣を背負うには薄い肩に、そっと手を置いた


「ちなみに私は動向するが……君が本気で帰りたいっていうなら、イリアもスパーダも止めないと思う。な?」


ジークがスパーダに同意を求めると、彼はこくりと頷いた
すぐ後に、「オレは行くぜ」と付け足して



「ねえ、スパーダとジークが行くのは何故?」

「面白そうだから」


即答されたジークの根も葉もない理由を聞いたルカは脱力する
そんな無謀な理由で動向を決めた少年の頭を小突いてから、スパーダは答えた


「ダチとツルむのに理由が必要か?ルカ、お前が選べよ。帰るも進むも、全部お前の人生だ。誰にも強制されず、自分で正しい道を選ぶ事―――「正しき道を正しく歩め」…って、ウチの士道訓五箇条だけどな」


照れ臭そうに口の端を歪めて笑うスパーダと、小突かれた頭を擦って眉間を狭くしているジーク
それから普段より口数が減って肩を落としているイリアを見比べて、ルカは彼女の傍へ一歩近づく



「……ごめんね、イリア」

「…うん、元気でね」

「ち、違うよ!帰らない」

「…ほんと?」


振り向いたイリアの見開かれた目はやはり、涙に濡れていて
ぐっと息を飲んだルカに気付いたのか、彼女は慌てて袖で目を拭った

ルカは頬を朱に染めて、優しく微笑んだ


「僕、嬉しかったんだ。君を助けられた事、君が頼りにしてくれた事。前世の思い出を語りあえる事、前世での仲間が出来た事……その事だけで胸一杯で、後先を考えてなかったんだ。僕、そそっかしいよね」

「…バカ。お利口さんのくせに…、バカなヤツ」


強がりだと気付いたイリアの言い分に、ルカは苦笑して小さく頷いた
それは覚悟を決めた少年の、小さな勇気だったのかもしれない


「もう、バカでいいよ。バカな事しちゃったんだから、もっとバカを通してみる。だから…、もう泣かないで?悲しませてごめん…」

「バカ、泣いてなんかない!ちょっと、アレよ!目にゴミが入っただけだもん!バカ、バカ!このおたんこルカ!さっさと行くよ、おたんこルカ!」


イリアは頬を赤くしたかと思うと、すぐに背を向けて大股で進んで行った
慌ててそれを駆け足で追っていくルカを見て、彼を諭した緑の少年は安心したように口元を綻ばせる
ふと、あくまで自分のペースで二人を追おうとするジークが目に入ったスパーダ
先程の会話を聞いていた彼は、意外そうに言った


「お前、勘当されてたんだって?」


だったらお前も不良みてーなもんじゃねぇか、と同族に言うかのようにスパーダは笑う
振り向いて小首を傾げたジークは少々の沈黙を以て、何かを思い出したのか、ああ、と小さく声を上げた
続く言葉はあまりにもあっけらかんとして紡がれたもので、流石のスパーダも面食らうこととなる


「あれは方便。つまりウソだウソ」


「……はァ!?」


素っ頓狂な声を上げた若草色の少年は、その逞しい腕でジークを捕獲すると即座にヘッドロックを極める
元々顔色の悪いジークの表情はどんどん青くなっていくも、気にせず締め上げるスパーダ


「テメェ……うっかり信じちまったじゃねぇか!」


「うぐ、仕方ないだろう……ああでも答えなきゃあのお坊っちゃんはまだ迷っていたに違いない…」


「じゃあお前、ほんとは帰る家あるんだな」


答えようにも答えられなくなってきた状況にどうしたものかと薄い酸素を全力で取り込みながら模索するジークが
解放されたのは前方にいる少年少女からの呼びかけがあってから

けほけほと軽く咳き込むジークは、何やら拗ねたようなスパーダの背に彼の求めた答えをぶつける
それは決して、聞いて気持ちのいいものじゃないのかもしれなかったのだが


「帰る場所はない」

「……あ?さっきウソっつってただろ」

「勘当ってのは嘘だ。何故なら私には勘当してくれる親がいないからな」


ばっと振り向いたスパーダの表情は堅いものだった
気にするなという意で揺らされた白い手に目が行って、彼は気付かない
少年はやはり、どこまでも空虚な無表情を湛えていたということを



「親の顔は知らん。物心ついた時には傍にいなかった」



それが真実であるなら、自分はどんなに不神経な発言をしたのだろうとスパーダは自己嫌悪に陥る
だがジークのことだからまた、すぐに嘘だ冗談だと自己嫌悪を砕くようなことを言ってくれるのではと幽かに期待した
しかし今回に限ってそれはいつまでも返ってくることがなく、スパーダは目を合わせずに「すまない」とだけ言った

何に対しての謝罪なのかを理解できなかったジークは首を傾け、訝しんでスパーダを見る
後悔の色を浮かべる、緑の隙間から垣間見えた灰色の瞳は好きじゃない、と心の奥でそう思った



ナーオスの軍事基地は、もうすぐそこに見えている





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