絶P | ナノ
熱烈歓迎とお裁縫





世界中の良い子は既に就寝の時間を過ぎている
だが、ジークの知る"良い子"の範囲内に収まっていたはずの銀髪の少年は
まだ、しっかりと起きていた
連れの赤髪の少女は言わずもがな、だ


「ジーク!無事…だったんだね!」

「ったくもう、心配かけんじゃないわよっ」

「そうだそうだ、待ちくたびれたんだぞ、しかし」


食卓の椅子に掛けていたイリアは弾かれるように立ち上がって、ジークに抱きつく
彼女の肩に乗っていたコーダもジークの頭の上へ飛び乗ると、ぱたぱたと跳ねて歓迎、してくれているのだろうか
ルカは流石にそこまで派手に歓迎の意を表しはしなかったが、心底安堵したような表情で彼の姿を翡翠色の瞳に映していた
やはり近頃は抱きついたりする行為が流行なのだろうかと考えだすジークに気付かず
スパーダは傍らに立っていた老人を一瞥し、口の端を吊り上げる


「ハルトマン、あいつがさっき話したジークってヤツ。紙みてぇに薄いけど結構強えェんだ」

「お坊ちゃまが見込まれたならお強い方なのでしょうな……では、彼の分の食事と床の準備を済ませましょう」

「おう、色々すまねぇな」


ハルトマン、と呼ばれた老人は蓄えた髭を揺らし、すたすたと二階へ上がっていった
どこか従者や執事に近い雰囲気を漂わせる老人の背を見送った後、ジークはじぃっとスパーダの顔を凝視する
その様子に気付いたイリアは例の笑みを浮かべ、反してスパーダは「げっ」と嫌そうな声を漏らした


「ねえねえジーク、聞いてくださる?そこの不良、スパーダ様ってば、実はイイトコロのお坊ちゃまだったんですって!」


御近所の噂話に興じる婦人のノリでイリアは言う
直後彼女はスパーダにがなられ、その巻き添えを食らうルカだが彼は珍しくイリアと一緒になって不良少年をからかっていた

なるほどな、とひとりごちるジークは胸の中ですとんと何かが当てはまるのを感じる
スパーダをからかうでも、大きく驚いてみせるでもなく黙っていた彼に気付き、緑の少年は眉を顰めた
その顔は、彼がよく喧嘩を売買する時の表情と同じだということを、場の誰もが知らないけれど


「ンだよ……お前もオレからかって遊ぶのか?」

「興味ないというか気付いてた。だが……以前言っていたじい、とはあのハルトマン殿のことだったんだな」

「は……、何でんな下らねぇこと一々覚えてんだよジーク」


記憶力には自信がある、とだけ言って詰め寄るスパーダからひらりと逃れるジークの前で
じい、と口に出したのは記憶に薄く、どちらかというと零に近いものだった
恐らく自然と口を吐いて、意図せず声に乗った台詞だったのだろう



心に剣を持ち、誰かの楯となれ!

昔じいがよく言ってた言葉だ






「いい人なんだろうな、彼は」


「……まぁ、な。ハルトマンがいなけりゃ、オレはここにいられなかったかもしれねェ」



スパーダの声音は珍しく真面目で、ルカやイリアも口をはさむ気を失くしてしまう
はっとし、目を見開いたスパーダは顔を上げると、帽子のつばを指先で摘まんで引き下げた

照れているのだろうか、耳が少しだけ、赤い


降りてきたハルトマンが食卓テーブルの上に料理を追加し、コーダとスパーダの争奪戦が始まる
本来ジークの為に作られた料理が一人と一匹の腹の中へ消えていくのを
彼は特に嫌な顔もせず、むしろどこか楽しむような表情でそれらを眺めていた

ジークがやっと料理を口に運んだのは
一口も食べていないことに気付いたルカが声を上げ、イリアに急かされてから
強引に突っ込まれた、彼にとって初めての料理は、とても温かで



「……美味しい」



そう言ったジークは、普段よりもどことなく、人間らしさを醸し出していた














日付も変わりルカたちが寝静まった頃、ジークは割り当てられた部屋から抜け出し
まだ灯りの灯る広間へと降り、ハルトマンの姿を見つけると控えめに声を掛けた


「ハルトマン殿、」

「おや…ジーク様。どうかなされましたかな?」

「他人様の家で不躾なのは重々承知しているが…針と糸を貸してもらえないだろうか」


ジークが摘まむのは、刃物によって横一線に切れ込みが入ったセーター
彼らの事情を口伝に聞いたハルトマンは「かしこまりました」とだけ言って裁縫道具を持ってくる
受け取ったジークは珍しく、口元を緩めて、幽にだが微笑んでいた



彼がベルトを外してセーターを脱ぐと、病的なまでに薄く貧相な身体が現れる
首には包帯、胸には晒が巻かれ、腰の布には血が滲んでおり
首筋には例の歯形がくっきりと、痛々しく残っていた

小さくはない穴をちくちくと縫い、ジークはふと、ハルトマンに対して口を開く


「貴方は……スパーダの…いや、ベルフォルマの執事でもやっていたのか?」

「ええ、そうです。お坊ちゃまに聞かれたのですか?」

「いや……ずっと昔、十年以上前…王都で貴方と彼が剣の稽古をしているのを見たんだ」


その言葉にハルトマンは驚いた
十年以上も前といったらジークはまだ幼子であったはずなのに
そんなに昔の記憶を今でも引き出せるということは並大抵の記憶力ではない



「ま、一方的にだったからそちらが知らなくても当然だが。…今の彼を見ていると、つくづくハルトマン殿がどれだけ偉大だったのか窺い知れるよ」

「ほ……御冗談を。私は一介の使用人でございましたゆえ、少しばかり末子のお坊ちゃまに剣と士道の手解きをしたまでです」


「―― それが、少しだけ羨ましい」



背を向けたハルトマンにも、寝ている少年たちにも
誰にも拾われず弾けて消えるだけだったはずの、言葉

ジークは裁縫を終え、ハルトマンに対し軽く礼を言った後
取りあえず穴を塞いだだけのどこかすすけたセーターを被り、あてられた部屋へと戻って行った
部屋ではお疲れの様子だったルカが深く寝入っていることだろう
相部屋の少年が起きて扉を開ける気配に気づきもしなかった



がちゃ、と扉が閉まる音を聞いて、ハルトマンは灯りを消すと自室へ戻った
だがまた別の部屋の、扉を一枚隔てた先に
二人の話を聞いていた少年が、口元を手で覆い考え込んでいた


「あいつが、『羨ましい』だなんて ―――」


スパーダが俄かには信じられなかったその台詞
決して他人を羨むことなどないように思われるあのジークだからこそ
その台詞は真実めいていて、嘘ではないように感ぜられるものだった

そして、以前会ったことがあるのかもしれないという可能性が、どうしてかスパーダの胸を掻き毟って締め付けた
酷く懐かしい、郷愁の念
前世とはまた違った意味で、懐かしく思う


(そういやあいつ、マジで転生者じゃない、のか?)


彼が転生者だと仮定してもその前世の姿を思い出すことはできないでいる
忘れてはいけない何かを忘れてしまっているのは分かっていた
しかしそれは、転生者の誰もが抱く不安であり、それを知っているからスパーダは大っぴらに悩もうとはしない

ただ考えれば考えるほど深みにはまっていく自分がどうにもおかしくて
少年は新緑色の髪を掻き乱すように握って、苛立ちを募らせた


その時聞こえる聞きなれた、とても落ち着く声



「お坊ちゃま……もう遅いですから、早く床に就いてくださいませ。明日のことに響きますよ」


「じい………ああ、悪いな」



扉越しに聞こえた静かな声が鼓膜を揺らし、スパーダに安息をもたらした
幼い頃から彼を守ってくれたのはハルトマンだけであって、容易く揺れない信頼関係は月日の厚さを感じさせる
スパーダが言うことに従ってどさっとベッドに倒れ込む音を耳にした老人は
聞こえるか否かの声量で、そっと呟く



「あの方を守って差し上げてくださいませね……騎士として、御立派に……」


「……ん?何か言ったか、ハルトマン」

「いいえ、何も。それではお坊ちゃま、お休みなさいませ」


それからハルトマンは壁越しに頭を下げ、足音が遠ざかっていく
もう深夜だったので、顔には出さずとも疲労感が身体に溜まっていたスパーダが
深い眠りに落ちるまで、そうそう時間はかからなかった


夢と現の境に見たのは、あの不健康そうな少年の後姿
中性的なその顔は、よく見れば端正で、それなりに整っていて



(……あぁ、そっか。オレ、あいつのこと気になってやがる)



あのハスタという男にジークがひっつかれている時に感じたのは、胸がもやもやする感覚
男と男相手に嫉妬するなんざどうかしてる、と自嘲したスパーダは
鼻先でふっと笑い飛ばして、それでもむず痒くて、これ以上考えることを放棄しそのまま意識を手放した






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