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断ち切れない縁






暫く走ったところでハスタは失速、そのままばたりと地面に倒れ伏す
全く考慮されなかったジークは身体を投げ出され、うつ伏せに転がった
落ちた帽子を拾って取りあえず頭に乗せておくと、浅い呼吸を繰り返すハスタが目に入る

そんな筋合いはないはずなのに、ジークは四つん這いになって彼へと近づいた



「おい……お前、死ぬのか?」



些かおかしい問いかけだったが、ハスタはゆっくりと自分を覗きこむジークへと顔を向ける
彼は顎に伝っていた血を拭おうともせず、口の端を吊り上げて、にたりと笑った
腹を撃ち抜かれたというのに健全で何よりだ、と心の中で皮肉を零すジーク

そんな彼の後頭部を帽子ごとハスタは掴んで、自らの胸板へと押し付けた


「意図が…わからない」

「死なないピョロ。せっかくハスタさん大人の階段十段飛ばしで登ったっていうのに」

「は……?」


一方が仰向けになって、もう一方の頭を抱き込んでいるという何とも不可思議な構図であるが
そんなことを気にしない性格の持ち主である彼らはどこか似通っていて
その体勢を保ったままとんとんと順序よく会話を進めていく

手の力を緩められたので顔を上げると、ハスタの赤い瞳と目が合った
奥の奥には底冷えするような残虐性が潜んでいる、深紅
それは鏡で見た時に映る自身の目の色とよく似ていた



「これはやはり運命の再会。脚本家は誰ですか、もしかしなくてもオレですか?」



再会、と彼はそう言う
否定するかのようにジークは首を横に振った
だが現実は、それだけで覆せるほど甘くないもので

ハスタはぐっと顔を近づけて笑み、そして、




「会いたかったよ、オレだけの兄さん」




唇を重ねた




突然の、しかも予想外の出来事に流石のジークも目を見開く
驚きの余り半開きになった唇の間からハスタの舌が侵入して来て、絡め取られる
あまりにもあまりな状況下に置かれ漸く判断力を取り戻し抵抗を試みるも
体格の差もあってか、どんなに押し返しても無駄に終わってしまった


「は、ぐ……っぷは、」

「兄さんの唇もーらった。いやいや、今はジークって呼ばれてるんだっけ?」


ハスタが他人の名前を改悪せずに憶えることは非常に珍しいが
そんなことを欠片も知らないジークは全力で解放された口元を拭い、半眼でハスタを睨みあげる
腹を撃たれているというのにこのピンピンした様子、常人ならあり得ないことだ

つまりは、ハスタという男
常人ではないと、そういうことであって ――



「転生者か、お前」


「ぴんぽんぴんぽーん、大正解っ」


悪びれもせず、むしろ楽しんでいる様子のハスタに付き合いきれないと思ったのか
ジークは再度口元をごしごしと擦り、酸欠によろけながらも立ち上がる

ハスタとはどこか、切っても切れない縁の存在を感じてしまった
だがそんなものを認めては、自分を異能者と認めるも同然じゃないか
それだけはごめんなんだと事情も知らない相手に吐き捨て、彼は踵を返しナーオスへ向かおうとする



「つれないなベイビー。せったくの再会を棒に振るつもりなのかーい?」



無論、ハスタという男がそれを許しはしなかった
腕を掴まれ、ぐいっと引かれればまた彼の胸板とご対面することとなる
小柄なジークはいとも簡単にハスタの腕の中へと収まり、両の肩を掴まれ彼と向き合う形となった

どこまでも淀んだ赤は、どんな赤よりも血の色に近い
尤も、ハスタの双眸をそう称したのなら、また自らも同類なのだと彼は自嘲する



「なぁ兄さん、実は、面白いことに気付いたんだよハスタさん。ちょいと耳貸してよ、返すからさ」


わざとらしく声を潜めるハスタは答えを聞こうともせず
強引にジークを引き寄せ耳元へ口唇を近づける
耳朶に触れそうで触れないもどかしい距離を保ち、彼は言った



「兄さんさ、本当は兄さんじゃないでしょ」


「…どういう意味だ」


腕を突っ張って距離を取り、ジークは隻眼で射抜くように見つめる
動じないハスタはにこにこと、似合わない笑みを浮かべてその腕を掴んだ



「兄さんであることは確かなんだけど、体臭が甘いメンズってそうそういないと思ってみたオレでしたー」



彼の言いたいことを理解したジークはわざと聞こえるように、大仰に舌打ちし
がしがしと帽子の上から頭を掻いて、体ごと顔を逸らした
不自然なまでの間は、肯定と取られても何らおかしくはないもので、ハスタはより笑みを深くした



「つーまーり、だ。この世界はオレにとってかなり都合よく出来てるんじゃないかっ?オレは今流血大好きなただの人間だし、敬愛してやまない兄さんと子作りができちゃうって寸法だりゅん」

「どんな悪夢だそれは」


掴まれていた手をやっと振り払い、袖を正したジークは不快感に満ちた声色で吐き捨てる
不服そうに頬を膨らますハスタの、空気をため込んだ部分を拳で潰し
少年は背を向け、空を仰いで誰に言うでもなく声に出した



「私は異能者なんかじゃないんだ」



だから、お前の兄でもない



悲しげに、謳われるような声を耳に入れたハスタは
それ以上あの意味の分からない言葉を羅列して口に出すことはせずに未だ出血を続ける自身の傷へ指を這わす
銃創痕に人差し指と親指を突っ込めば、新しく血が湧き出してくるもハスタは苦痛の表情すら浮かべず、笑っていた
腹に残っていた潰れた銃弾をハスタは摘み、それをぺろりと舐めると背を向けたままのジークに投げて寄越す


「それ、また会う予約だポン。ハスタさんから指名入ってますよってことデス」


振り返りもせずそれを受け取り紡がれた言葉、風にさえ消されそうなジークの「またね」という空耳かもしれないそれを
愛おしげに噛み締め、見えないことは承知で頷いた

ハスタはジークの後を追わず、転がっていた長槍を拾うと、真逆の方向へと歩き出した



ジークの左手には鉛の塊と、滴る血液が握り締められている





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