絶P | ナノ
捕らわれボーイ





言葉の通り緊迫した雰囲気を欠片も気に留めることなく
ピンクの男は飄々として四人の元へゆらゆらと近づいていく

――― ジークを引き摺りながら



「やあやあ、楽しそうだねぇ。こういう楽しそうな光景に嫉妬の念を憶えちゃうオレとしてはすべてをぶち壊したくなるワケでして」



酷く場違いな呑気でのっぺりとした声に、ルカとイリアとスパーダは目を丸く見開いた
だが、その男の片腕に、しっかりとジークが囚われていることに気付いたスパーダは思わず声を上げる


「な、ジーク!」

「おー…少年、元気か」


ひらりひらりと力無く手を振ってくるジークの腹部からは夥しい出血が見受けられ
彼らはぼたぼたと新しい血溜まりを作るそれを見てはっと息を飲む
ピンクの男はジークと彼らを交互に見比べて、形の整った唇を尖らせ、何故か拗ねたような態度を取った


「あらあらお知り合い?こっちにもちょっと嫉妬の念を憶えちゃうからその場凌ぎな手を取らせてもらうなりなり」



ガリ、


「わ」

「ゲッ」

「なっ!」


「ぃ……って、」


ジークは、噛まれた

首を覆う立襟を肩まで引き下げられ
首筋をがぶりと後ろから、本気で(首には薄く包帯が巻かれていた)



「い、貴様啜るな、吸血鬼ごっこがしたいなら余所でやってくれっ」


痛みに顔を歪め、ジークは珍しく慌てたような声を挙げながらべしべしとピンクの頭を叩く
だが彼は全く動じず、歯を食い込ませた傷跡をじゅるっと啜り唇を血で染める
最後にぺろりと傷跡を舐め、「授血かんりょー」と晴れやかな笑顔で目を細めた


「ぐ……、人類に噛み付かれたのは、初めてだ…」

「そう言う問題っ?ちょ、大丈夫なのあんた!?」


ピンクの男による傷を増やされたジークは襟を正し
服の上から噛み痕を押さえて普段以上に顔を青くしぼやく
本気で同情の念を送っているルカとイリア、そして何ゆえか怒りに拳を振るわせるスパーダにまで意識を寄越す余裕がないようだ



銃を三人に構えたまま目だけで振り返るだけに留まっていた
強い精神の持ち主でありそうな黒い殺し屋(ピンクの男によるとリカルドというそうだ)は、訝しみながら静かに言った


「………ハスタ、貴様は奇襲作戦のメンツには入っていなかったはずだが?」


するとピンクの男、もといやっと名が知れたハスタは、表情を歪んだ笑みへと変える
そして一歩踏み出し、片手に持っていた槍をすっと構えた
その切っ先は仲間であったはずと思われるリカルドへと向いていて


「おーっと、人の楽しみを遮る礼儀知らずのバカはっけ〜ん。罰として殺しちゃっていい?」


五秒としないうちに、ハスタは言葉を続ける



「…脳内裁判で問答無用の惨殺刑でいいと判決を頂きました、頂いちゃいました。緊急時なので控訴は却下だポン」


まるで最初っから決まっていたかのような滑らかな台詞を聞いている最中
ルカたち、特にイリアが顔を顰めていくのがジークからは見えていた
だが誰よりも近くでそれらを聞いていた彼は神経が麻痺したかの如く頭の痛くなる単語の組み合わせを聞き流している
誰にも聞こえない大きさの溜息をついた時、同時に溜息を吐いた人物が一人

リカルドは呆れたように振り返ると、構えていた銃を肩に担ぐ



「…貴様、何が目的だ?略奪でもしにきたか」

「えー、さてさて問題です。オレは何しに来たんでしょうか?」


しゅばっ、とハスタは姿勢を整え、声がはきはきとしたものへ切り替わる
何だこの切り替わりの良さは、と傍らで呆れに近い感情を抱いているジークに気付くことなく
ハスタが出した意味があるとは思えない問題は何やら選択問題であるようだ


1、花を摘みに
2、夜空が綺麗なので散歩
3、奇襲部隊への伝令


まともな神経を持つ者なら誰でもこの馬鹿げた問題には答えない
その場のほとんどの人間が内心でそう思っていたが
ハスタを除き、まともじゃない神経を持っている者が一人と一匹、いた



「いやいやしかし、3ばん!」

「意外性を突いて2ばんだ」


上から順に、コーダ、ジークの回答
あまりの馬鹿らしさに聞いていた誰もが突っ込む気力すら失くしていた
そんな空気を読もうとすらしないハスタは至極楽しそうに「ぶっぶ〜!」と言いながら姿勢を崩す
彼によるとまだ問題の途中らしく、一度言葉を切ったのはどうやら引っ掛けだったようで


「正解は4番」


崩れていた姿勢から再び、ハスタは流れるように槍を構えリカルドから逸らさないでいる
彼はゆらゆらと体勢が定まらず隙だらけのように見えるが、発される殺気だけは満遍なく、全員の肌を刺していた

それを発している当の本人は楽しそうに楽しそうに、(クイズの答案をする司会者のような声音で)つらつらと、語る
選択肢、四番の答えはこうだ


「手応えの無いザコ殺しに飽きて、リカルド氏を相手に楽しもうかなっと刃物持参で表敬訪問、でしたっ」


「貴様…、傭兵部隊の面汚しめ」


途中でハスタの声音が元に戻るも
身体から放出される戦意と殺意に変わりはないようで
リカルドはどこか諦念した表情で目を伏せると、しかし目を開けた彼はしっかりと意志を固めたらしい


「いいだろう、軍法に代わって、俺がお灸を据えてやろう」


言って、彼は銃剣を構える
ころころと変わる状況に戸惑ったルカ達は逃げ出したいようだが
ジークが未だにあちら側にいる以上、そう簡単に判断できずにいる
何も出来ず足踏みする彼らに気付いたジークは出血過多による意識の混濁を気力で消し去り
ふと目の合ったスパーダを見て、口を開いた


「あー……俺に構わず行くんだ、とか言ってみる状況か、これは」


「チッ、馬鹿言うんじゃねぇ!大体お前、酷ェ怪我じゃねーか!」

「そうだよ、そんなに血が出て……死んじゃったらどうするのさ!」


「素晴らしい友情劇デスね。これって見物料払うべきー?」


リカルドと相対したまま口を挟んでくるハスタを横目に
ジークは至って真剣な声色で「必要ない」とだけ返す
もう一度三人へ目を向け、今度こそジークは有無を言わせない声で言った



「いいから、行け。ほら、そこの…リカルド氏とやらもさぞ迷惑そうなカオをしている」


「邪魔だ…行け、ガキども」

「ほらな」

「……」


リカルドを引き合いに出すジークだが、これ以上何を言ったところで無駄であることは目に見える
それにこのまま場に留まったところで彼らが何を出来るわけでもなければ、完全に逃げ出すタイミングを失ってしまうこととなる
スパーダは歯噛みすると、トレードマークのキャスケット帽をはぎ取るように掴み
ジークに向かって思い切り放り投げた



「それ、オレの大事な帽子だ。返さなかったらぶっ飛ばすぞゴラァ!」


「……バカな奴だ」


ほぼ反射的に受け取ったジークは鼻を鳴らし、表情一つ変えずに呟く
武器を収め今度こそ逃げ出そうとするルカたちだが、イリアはどこか怒ったような口調で声を荒くした


「ナーオス!」

「……?」

「ナーオスで待ってる、こなかったら承知しないんだからね!」

「ああ…うん、OK」


眉を下げ困った様子のルカと共に走り去るイリア
スパーダもそれに続くが、まだ心残りがあるのか少し離れた位置でふっと振り返る
ジークはゆるく手を振っていて、それを見たスパーダが唇だけで「ばか」と言ったのを
視力が悪くはないジークはしっかりと見取って、肩を竦めた


思わず受け取ってしまった帽子が邪魔なので頭に乗せ、静かになった隣を見ると
ハスタは口元を歪ませ、今から始まるであろう死闘に身を疼かせている最中だった

その視線の向こうでは、リカルドが刃のような眼光で桃色の男を睨みつけている



(さてさて一体どうしたものか)




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