絶P | ナノ
正気は何処へ





「ジーク……あんた、何やってんの?」


恋だの何だのと騒いでいた修羅場は終了したらしく
イリアは怪訝そうにしてジークとコーダの様子を窺った
片方が屈み、向かい合っている姿は傍目から見れば和む光景ではあるものの
よく見れば小動物が一心不乱に肉を食し人間が無言無表情でそれを観察しているという何ともシュールなそれ

まだ不機嫌そうなイリアは軽くコーダの紹介をして
それからいよいよ戦場へ向かうことになった


(こいつはミュース族のコーダよ、勝手についてきたただの大食い小動物)

(よろしくな、しかし)










(僕が、しっかりしなくちゃ)


ルカは心の中で呟いた
森に足を踏み入れてすぐの頃、敵兵は一人も見当たらなかった
しかし日が暮れると状況は一変し、敵の動きが活発になる
連戦に連戦を重ね、疲弊しきった中、今までも、今でも乗り気でないルカはぐっと剣を握る手に力を込める


(僕はアスラなんだ、大丈夫、大丈夫――)


だが、思いつめた表情をしているのはルカだけではなく、イリアやスパーダも同じだった
三人とも少し前までは一般人で、戦場になど立ったこともなかったのだ
「戦争」という状況下で、敵の命を奪わないことはすなわちこちら側の死を意味してしまう
だからこそ彼らはこの短時間でいくつもの命を屠り、そして心身ともに疲弊していた

そんな追い詰められた状況が、ルカの神経を徐々に麻痺させていったのかもしれない―――


ぐったりとした三人の様子に反し、疲れを微塵も表に出していない少年が一人
前触れもなくルカの肩に手を置いて、気付いた彼は振り向いた


「思いつめた顔のミルダ氏にお得な情報だ」

「え、何…?」

「戦争で死ぬと確か二階級昇進できるらしい、喜べ」

「全然喜べないよ、っていうか何で今そんなこと言うのさ!」


疲れから目を背けるため下らない言い争いを繰り広げる彼らの前方から近づいてくる影がひとつ
武器を構えるイリアとスパーダだったが、暗がりから現れたのはレグヌム軍の制服に身を包んだ男
二人は安堵し武器を収める、だが何故か兵士の纏う空気はどこか、穏やかじゃない

杞憂であればいいものの、それは即座に現実となってしまった



「お前、アスラだな!こうして再び巡り合おうとはな。剣を抜け!」

「おい、あんた。味方を斬るってか?軍規違反じゃねぇのかよ、それ」

「お前のせいで……お前が、お前がいたから、こうなったのだ!」

「ダメだコリャ。正気じゃねぇぜ」


呆れかえったスパーダの言うとおり男の目は正気を失っていて、もはや現世を映してはいない
彼は狂ったような怒りと殺意を露わにしながら前世の姿へと相貌を変えた

ジークはこの状況をどこか、おかしいと感じる
普段ならあるはずのそれが、不自然なほどにないのだ

(彼が泣き言を言わない、だなんて)

視線は自然とルカの方へと向かった



「……僕のせいだって?君が弱いからじゃないの?」



彼の発言に驚いたらしいイリアは、眉を顰めてばっとルカを振り向いた
銀髪の少年は、普段の彼からは考えられないほど自信に満ちた笑みを浮かべている
例えるならまるで、彼の前世であるアスラのような


それが気に障ったのか、王国兵は恨みに満ちた声を上げて攻撃を仕掛けてきた



「……来い!」



ルカは一歩も引くことなく、前にだけ足を進める
仲間の援護も待たずに大剣を振るえば、両断された神が断末魔の悲鳴を上げる
顔色一つ変えずに返り血を拭うルカは、出番もなく呆気にとられた仲間たちを振り向いて笑顔で言う、「行こう」、と

正気を失っているラティオの生まれ変わり以上に、彼の変貌は驚かされるものがあった




言葉を喪失しているイリアと、元々寡黙なジークの目線の先では少年二人がはしゃいでいる
ルカの変貌ぶりも、スパーダは気にならないのだろうか、違和感を感じないのだろうか


「はっ、ちょろいぜ!」

「そうだね。転生者の力は、常人じゃかなわないそうだけど、僕らにかかっちゃあ」

「敵じゃねーな!!ヒャッハッハッハッハ!!」

「これも僕が天上最強の戦士、アスラだったからだね」

「おおっと、なんでもかんでも真っ二つ!万能包丁より素敵な切れ味のデュランダルを忘れないでくれよ」


微妙な例えを挙げるスパーダは、キャスケット帽を一度脱ぐとがしがしと頭を掻く
小首を傾げたルカの隣、暮れなずむ空を仰いで、小さな溜息を吐いた


「……でも転生者に会う度、いちいち斬りかかってこられるのもアレだよなぁ」

「大丈夫だよ、僕ら強いんだもん!みんな返り討ちさ!!」


普段とは逆転したもの言いに、今度はイリアが溜息を吐く
小さくはない、深く長い溜息だった
顔を上げた時ジークの隻眼と目が合い、イリアは躊躇いがちに口を開いた


「ねぇ……ジーク、転生者はみんな前世の関係をそのまま持ち越してしまうの?」

「さあ……どうなんだろうな」

「あたしも…、前世での敵に出会えば……全て忘れて銃を向ける…の?」


イリアはとても思いつめた表情をしている
それはジークが初めて目にした彼女のしおらしさ、弱さだった
こういう時の慰め方を知らないジークは項垂れるイリアを正面からじっと見つめる
あまりに直線的過ぎる視線に嫌でも気付き、彼女は顔を上げて「何よ」と訝しんだ


ジークは黙って右手を伸ばし、イリアの頭を掴んだ――いや、手を乗せた


「私は転生者じゃないからわからない、けど。多分君はそんなこと、しない」

「…どうしてよ」

「前世に縛られるの、嫌だって顔に書いてる」



イリアは暫く黙っていたが、やがてすっと顔を逸らす
誰にも聞こえないくらい小さな声で「ありがと」、と呟いたのを
ジークは聞き取ったのか取っていないのか相変わらず読めない表情で手を離した



「なぁなぁルカ、あいつらいい雰囲気じゃね?」

「ぼ、僕にそんなこと言われても…」


少し離れた位置で騒ぐ少年二人に対し
ジークはナイフを投げつけてやろうと思ったが、勿体ないので止めておいた




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