絶P | ナノ
頼れる兄貴分
チトセというらしい黒髪の少女に見送られて、四人は別室へと連れて行かれる
ルカ、イリア、スパーダはこれから何をさせられるのかとハラハラ、またはイライラしていたが
ジークだけはのろのろと、最後尾を歩いてやる気の欠片も垣間見えない
暫く歩くとホールのような、少しばかり広い部屋にたどり着き、その中央にある台へと四人は登らされる
反対側からは一人の、一般人と思しき男性が登ってきた
「これより適性検査を行う。目の前の相手を倒せ。以上だ」
「相手が一人、だと?ナメられたもんだなっ!」
目の前の相手、というのはその言葉の通り、目の前に立っている男のことだろう
そんなことは考えずともわかった、だからこそ解せないらしいスパーダが噛みつくように言う
ルカは別の意味で乗り気ではないようで、人間とは戦えないなどとのたまう
しかしそのようなことは関係ないとでも言わんばかりに、グリゴリは耳を傾けることなく彼らをけしかけた
あまりの温さにジークはマイナスの単位までやる気を失い、顔を逸らしながら欠伸を噛み殺す
しかし一方では、やる気をプラスの方向へ、どんどん積み重ねている男がいた
「貴様ッ!!」
「え?僕…?」
適性検査とやらの相手に差し向けられた男の怒気は、ルカにのみ向けられているようで
ルカは目を白黒させながら戸惑い、眦を吊り上げ凄い剣幕で怒鳴りつけてきた男に聞き返す
「覚えて…いや、思い出したぞ!気様に殺された同胞を!そして気様に砕かれた四肢の苦痛を!」
男はルカの、今にも泣き出しそうな様子も意に介せず、ぽつりぽつりと思い出した記憶の中の恨み事を引き出していく
隣にいたイリアは、うわ、と顔を引きつらせて気弱そうに見える少年を横目で眺めた
「あんたって見た目によらず残酷なことすんのね」
「そ、そんな!人違いでしょ?ケンカなんてした事ないし…、ましてや人を殺すなんて!!」
本気で心当たりのないらしいルカの目は既に涙に濡れていた
反比例して、相手の男の双眸が段々と正気を失っていくのをジークだけが見ている
男は一歩踏み出すと、敵意と殺意、その他諸々の恨みなどを全て剥き出しにして叫んだ
「今貴様を殺し、ラティオの同胞達への手向けとしてやるッ!!死ね!アスラ!!」
言い終わるか終らないかのところで、彼の身体は光に包まれる
視界が白く染まり、次に彼の姿を目に入れた時、その場に人間の男性はいなかった
そこにいたのは、もっと別の、人間ではない何か
「なんだ〜?こりゃァ」
スパーダが思わずそう言ってしまうのも頷けるような、奇妙な生物がそこに浮遊していた
「気色悪いな」、とジークがのんきにもそう言って、武器を取り出す素振りも見せない
戸惑いながらも、イリアは腰のホルスターに収まる二丁の銃に手を伸ばす
「に、人間じゃない?ねえ、これって…」
姿を変えた男はもはや正気を失っていて、言葉とも咆哮とも取れる雄たけびを上げ
迷うことなく真っ直ぐに、ルカへ向かって武器を突き出した
「コ ロ スゥゥ!!!」
「うわあぁぁああ!!」
「ルカ!」
真っ先に動いたのはスパーダだ
武器を抜いていないルカの前に飛び出し、双剣を身体の前で交差させ、敵の攻撃を弾く
「あ、ありがとうスパーダ」、震える声でそれだけ絞り出すと、背負った大剣を抜いて両手で握り、振るう
その一撃は重く、隙を見せたためにまともに食らった異形のそれは言葉にならない悲鳴を上げる
呑気に「すごいな」、と感心しているジークの横ではイリアが唇で何かを呟いており、足元には天術の文様が浮かび上がっていた
「アクアエッジ!」
水の刃を食らい、怯んだところで容赦なくスパーダが斬撃を浴びせかけ、ルカが追撃、重い一撃を与える
身体が真っ二つに分かれた異形の男は
長く耳触りな断末魔の終わりに、もう一度憎しみを込めた声で絞り出す
「オ ノ レ… ア ス ラ…」
その言葉を最後として、彼は跡形もなく消えた
(アスラ……?)
スパーダは腑に落ちない表情で、双剣を鞘に収める
三人と打って変わって緊張感の欠片も無いジークはぱちぱちと気のない拍手を送る
イリアの刺すような視線が実際に痛いと感じたので、そこはナチュラルに目をそむけておいた
先程の戦闘を見物していたらしいオズバルドという若干肥満体な男が現れ、次々に紡がれる疑問に答える
先刻の男の異形は前世の姿、ラティオに属していた神の姿を取り戻したというのだ
ルカやイリア、スパーダも、前世の記憶を完全に呼び覚まし前世の能力を完全に取り戻せば、覚醒出来るのだとか
ルカの口ぶりからすると、まるで前世の姿に戻りたいかのようにも聞こえる
だが、しかし、とオズバルドは前置いて、まだ転生者と戦えと言い、その言葉でルカの表情は絶望一色に塗り込められた
「おい、次の相手を用意しろ!こいつらは実戦で使えそうだ」
片手を振って背後へ合図を出し、次いで現れたのはやはり転生者と思しき男
ルカはもう戦えないと泣きごとを言いイリアに詰られる
肩に手を置かれルカが振り返ると、表情一つ変えないジークがそこにはいて
「多分大丈夫だルカ、お前ならやれるぞ、多分」
「多分が二つもついてるよぉ……」
「ていうかあんたも戦いなさいよジーク!その足についてる銃は飾りなの!?」
「飾りだ」
「えぇ!?」
即答したジークに、イリアより早く驚いて見せるルカ
床を足で踏み鳴らし怒り始めるイリアの声を聞くまいとまた耳を塞ぐジークだが、その左目が僅かに見開かれた
先刻の男と同等か、或いはそれ以上に憎しみに満ちた目をした男が、姿を変えて襲いかかってきたのだ
(しかもまたルカめがけて)
今度こそ終わりだ、そう感じたルカは収めた剣を抜く暇もなく、ぎゅっと固く目を閉じた―――が
「どいてろ!」
キィ ン
ルカたちが話している最中ずっと黙りこくっていたスパーダが、彼を突き飛ばしてその前に立ちはだかる
二度目の出来事にジークは素直に感心し、ひゅうと口笛を吹いてその意を示した
尻もちをついたルカは、服の埃を払って立ち上がる
「す、スパーダ…!」
「心に剣を持ち、誰かの楯となれ!」
スパーダを案ずるかのようなルカの声に対し、彼は強い芯を持った口調で返した
普段のがなり声や喧嘩腰の声とはまた違う、どこか頼り甲斐のある彼の雰囲気に、ルカとイリアは言葉を失った
それに気づいたのかスパーダは頭だけで振り返り、にぃといつもの彼らしく微笑んでみせる
「昔じいがよく言ってた言葉だ。怪我しないように、下がってな。行くぜっ!!」
勇ましくそう言い放ち、単身駆け出したスパーダは
あっという間にラティオの神を蹴散らし、何食わぬ顔で三人の元へ戻って来た
あまりの早さと強さに、ルカとイリアが呆けていると
スパーダは照れ臭そうに頬を掻き、だが自慢げににっと少年らしく笑った
(じい、ね……)
誰もが聞流し、本人でさえも無意識だったであろう言葉を拾ったジークは
誰がどんな育ちをしていようと関係ない、そう考えて思考の片隅へとそれを追いやった
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