絶P | ナノ
内向的な子




特にすることもなく、床で寝転んでいる少年に
先刻からちらちらと視線を送っていた銀髪の少年は意を決したような表情で、そろそろと歩み寄る
気付いた少年は上体を起こし、近づいてくる中性的な少年を眺めた
泣きでもしたのか、翡翠色の瞳の周囲は赤く腫れている



「あ、の………」

「……………」

「その………」

「……………」

「……………」


少年、というよりも男の子、という表現が何故か似合う彼は、徐々に涙目になっていく
そんな様子も少年の赤い目に凝視されているものだから、居心地が果てしなく悪くなる
隣で二人を見守っていたスパーダは前触れもなく彼の銀の髪の上に手を置き、ぐしゃぐしゃと掻き回す


「だぁぁもうっ、ルカ、テメーもっと男らしくしゃきっとしとけよ!」

「す、スパーダ…っやめてよ、髪がぁ…!」


ルカ、と呼ばれた彼は既に半分涙目になっていて、恐らく泣き虫なのだろうと思われる
それを邪悪な顔で眺め、グィヒヒヒと悪そうな笑い声を上げるのは、赤い髪の少女
彼女は実に楽しい玩具を見つけた子供のようにルカの泣き顔の、頬を引っ張った


「あーんたまた泣いてんの?だっらしないわねぇ」

「だ、だってイリア〜…」


少女の名はイリアというらしく、スパーダと彼女はいじめっ子属性であることが窺い知れた
少年がここに連れてこられる前にある程度打ちとけ、知り合いと友人の境目くらいの関係になったようだ
まぁ自分には関係のないことだ、と少年はいつかと同じように欠伸をし、背を壁に預け低くも高くもない天井を仰いだ

やり取りが終わったのか、気を取り直したルカ(まだ泣いているが)
彼は少年の前に来て、思い切って口を開いた



「あの、僕はルカ・ミルダっていいます」

「……いいとこの坊ちゃんだな、覚えた」

「ち、ちが……っ、いや、違わないけど僕の名前はルカです!」


聞いているのか聞いていないのか微妙な態度の少年
ルカが凹んだので、仕方ないとでもいうかのようにイリアが前に出る
そこでやっと顔を正面に戻し、彼はこてんと首を傾ける


「あたしはイリアよ。イリア・アニーミ」

「……イブラ・ヒモビッチ?」

「徹頭徹尾半端なく違うわっ!!」


荒げられたヒステリックな声を拒絶すべく少年は両手で耳を塞ぐ
お前人の名前憶えるつもりないだろ、と零すスパーダだが、彼は耳を塞いでいるので聞こえない
それから何だかんだと喚いていたイリアがルカに宥められ落ち付いたのを見計らい、少年は耳を解放した

そこでスパーダがあることに気付く
今まで気付かなかったのが不思議なくらい重要なことに



「そういやよ、オレ、まだお前の名前聞いてないぜ」


「好きに呼んでくれ」


「いや、取りあえず名乗りなさいよあんた」



考える素振りを一瞬も見せず好きに呼べと言った彼は、その返答がもはや定着しているかのようにも見える
だがそう言われれば余計に呼び方が見つからず、困り果ててしまうのが人の心理
ルカはおずおずと控えめに尋ねた


「名前……ないんですか?」

「いや、ある」


だったら名乗れよ、ともっともな意見を述べるスパーダ
だが少年は傾けた首をぐるりと回し、心底だるそうに人差し指を突き立て彼らを差した


「呼ぶ人の数だけ俺の名は新しく出来る。だがどうしても…というならそうだな、そこのお嬢さん。一から五で好きな数字を選んでくれ」


突き立てられた人差し指は、四人から少し離れた位置に立っていた黒い髪を持ち
髪型や服装が特徴的な少女へと向けられる(恐らくアシハラ出身だろう)
同じ部屋にいれば嫌でも聞こえてくる会話内容であるが、突然話を振られて戸惑いを見せるのは当然だ
だが彼女はええと、と顎に手を当てて考え、数秒後に答えをはじき出す



「…じゃあ、三番で」


「三番だな。ええとー……なら私は今からジークと名乗ることにしよう。強制はしないがそう呼ぶといい」

「随分と適当ねー…」

「そうか、ありがとう」

「いや褒めてないしっ」


ジークと名乗った少年が、会ったばかりのイリアと漫才のようなやり取りを繰り広げるのを
隣のルカが、眉を下げながら黙って眺めている
それに気づいたスパーダが口の端を吊り上げ、意地の悪い笑みを浮かべた


「何だ、妬いてんのかァ?」

「そ…そんなんじゃないけど…」

「じゃあなんだってんだよ」

「それは……」


ルカがあちこちへ視線を泳がせる様をスパーダが満面の笑顔で見つめる、ただし邪悪な笑顔で
自らの状況に耐えきれなくなったらしいルカが、話題を切り換えるべくわざとらしく声を張り上げた


「そそ、それにしても、いつまでここにいなきゃいけないんだろう!」

「お前誤魔化すのも下手だな…」


スパーダの茶化しと、ルカの煮え切らない反論、そしてイリアの声とは別に、ジークは男の声を聞いた気がした
男ということは、先刻話を振った少黒い髪の少女ではない
彼の視線は自然と、部屋と廊下を遮る扉の方向へと向けられた



「ん、どうかしたの―――」


スパーダがその視線を追い言いかけたところで、重々しい扉が開きグリゴリの一人が入って来た


「これより適性検査を行う!スパーダ・ベルフォルマ、イリア・アニーミ、ルカ・ミルダ、それからそこの少年、以上四名、出ろ」


有無を言わせぬ男の口調に、喧嘩っ早いスパーダが食いついていくのは目に見えていたが
本当にそうなったので、ジークは心の奥底で感心しておくことにした





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