絶P | ナノ
喧嘩少年





スパーダは突然のことに暴れる心臓の上を片手で抑え、落ち付いてからもう一度目前の顔を凝視する
ぎょろりと見開いていたように見えた右目は、よく観察すると眼帯に描かれた模様だった
驚かせんじゃねーよ、と内心で呟き胸を撫で下ろし、彼は再度観察を始めた


眼帯に覆われた右目は確認出来ないが、今は閉じられている左目の下にはどす黒い隈ができている、とても不健康そうだ
更にその下にあるのは、赤く腫れた痣、先程出来たものだと思われる
薄青く血色の悪い唇の端は切れて、血が滲んでいた

見ていられなくなって視線を外せば
左腿に銃の収まったホルスターが吊るしてあり、彼が本気で抵抗すればここで死人が出ていたことだろう
その代りに倒れている人物の後頭部から伸びる異様に長い三つ編みが、纏う襤褸布の上を蛇のように石床を這っていた
首までを覆う大きな黒いセーターの、腰から下にはベルトがぐるぐると幾重にも巻かれていて
体形は痩せているというよりも薄い、と言った方が適格だ


(ちゃんと食ってんのか、コイツ)


蒼白な顔色も相重なって、まるで死人のようにも見えないことがない
冗談じゃねぇぜ、と呻くように言ったスパーダは気を取り直し、少年と思しき人物に声をかけることにした
いずれにしろ、ここで倒れられていては色々とまずい、それが自分の所為だとすると尚更



「……お前、大丈夫か」



控えめに声をかけると、相手は案外すぐに身動ぎした
薄く目を開き、紅い瞳がすぐ傍にあるスパーダを眺める

暫くして、脈絡も無しに一言





「ああ……人が地面から生えている。奇怪だ、初めて見た」





それからいくつかの言葉を交わし、やっと冒頭へ辿りつく、のだが







「見つけたぜぇスパーダ!」



工場地帯へ戻って来たらしい不良数名が、懲りもせず絡んでくる
無視を決め込もうと、スパーダは帽子を深く被って顔を背けた
両腕で体を支え、やっと起き上がった少年は不良達と、スパーダを見比べ、小首を傾げる



「……お客さんだぞ、少年」


「あー、知らね。人違いじゃねーの」


彼の言葉も聞かず、殴りかかってくる数名の青年達
スパーダはあからさまに肩を落としてみせ、しかしその双眸は鋭利な光を宿していた
彼が目にも止まらぬ地面を蹴ったのを捉えた少年は、ひゅう、と感嘆の口笛を鳴らす




勝負はほぼ一瞬で終わった
結果は言わずもがなスパーダの圧勝、立っているのは彼ともう一人、不健康を体現したような少年の二人だけ
少年は足元に転がる伸びた青年たちを気にも留めず踏みつけて、少しだけスパーダの傍に寄ってその顔を覗き込んだ

それに気づき、彼は眉を顰め訝しんだ


「ンだよ?」

「いや、そこまで強いなら逃げなければよかったのに」


一見褒め言葉のようにも聞こえるが
深く裏を読むとするならば、奴らから逃げなければ自分は巻き込まれずに済んだのに、とも取れる
責任を感じながらも、自身もまた不良であるその性格のためか、彼はわざとらしく音を立てて舌打ちした

気付いていないのか気にしていないのか、真正面から様子を見ていた少年は傾けていた首の位置を直すと
猫背気味に前傾していた身体で思い切り伸びをして、大きな欠伸をひとつ
随分と自由な奴だ、と感じたスパーダは、取りあえず名乗っておくことにした


「オレ、スパーダってんだ。スパーダ・ベルフォルマ」

「…スパーク・ギャラルホルン…だな」

「全然違ぇだろがっ!!オレはっ、スパーダ!ベルフォルマ!!」


明後日のベクトルに向かった名前を訂正するスパーダはどこか涙ぐましいものがある
少年は手をひらひらと揺らして「冗談だ」と言うものの、彼の無表情からは真意が計り知れない
心身ともに疲れたスパーダは、心の底から湧いた負の気持ちによって自然と肩が落ちて行った


ある程度和やか、でもない空気の漂う周辺に
不穏な空気を察知したのは、まだ名乗ってすらいない少年の方だった

腰より下まで伸びる尻尾のような三つ編みを揺らし振り返ると
町に入ってからよく見る制服に身を包んだ人間が数人、こちらに向かって歩いてくるではないか
彼らが何をするのかと思うと、まるっきり油断しきっていたスパーダと、そちらを凝視していた少年に対し武器を構えた



「あんだァ、テメーら……」



元々機嫌がマイナスの方向へ向かっていたスパーダは地を這うような低い声で相手を威嚇する
反してまるでやる気の感じられない少年はその様子を大人しく見守っていることにした

兵士は武器を構えたままに、事務的な声で言う



「通報があった。お前らを連行する」



極度に簡潔すぎる台詞を聞いて、今度は少年が深い溜息を吐く
表情を全く変えないままなのが不気味だ



「……ベルフォルマ君よ、君に関わりを持ってから短時間で不幸の連鎖が起きているのだが」

「…知るかよ、クソっ」



悪態を吐きながらも、スパーダは再び喧嘩腰に身を低くし拳を握る
真正面からぶつかるつもりでいるらしい無謀な少年を、やはり手助けするつもりはないもう一方の少年、なのだが


既に、巻き込まれてしまっていたのでは、遅すぎたのかもしれない



「お前もだ、連行する」


「………おぉ、」

「おぉじゃねぇよ!少しは抵抗しやがれってんだ!!」



背後から忍び寄ってきていた兵士に羽交い締めにされた少年を、スパーダは頭ごなしにがみがみと怒鳴りつける
両腕の自由を奪われているため耳を塞ぐこともできない彼は、鼓膜を大きく揺さぶる怒鳴り声に顔を顰めて耐えた






[] | []

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -