絶P | ナノ
巻き添え御免








「何つーかよ、その……悪かった」


少年はキャスケット帽の上からがしがしと頭を掻いて
罰の悪そうな声音で、弱々しくそう告げる
だが、未だに地面に寝転んだままの少年はその状態で首を傾げ、「何の話だ」と疑問符を浮かべる

倒れていては逆光で相手の顔が見えないのだが
帽子の少年からは相手の顔がよく見えた
その白い頬には痣、唇の端は切れて血が滲んでいた


こんなことになった経緯を彼はいまいち理解していないらしく、一から説明するのは面倒だが
その怪我の原因は間違いなく自分だと、スパーダは苦々しい思いで空を仰いだ











少年、スパーダ・ベルフォルマは軽く疲弊していた
小さなことで因縁を付けてくる年上の不良の相手をするのも骨が折れる
例えスパーダが人並み以上の運動神経や反射神経を持っていたとしても、それは人として当然のことだった


(ったく、しつこいったらありゃしねぇ)


家から離れるためにこつこつと環境を整えていた、工場地帯のマンホールの下
下水道の梯子を降りながら彼は深く溜息を吐く

殴っても蹴っても後から湧いてでる不良の相手に些か飽いて、隙を見て逃走し隠れ家へ戻ったのだ
今頃上では、まだ慌ただしく喧嘩を売って来た男たちが駆け回っていることだろう
だが生憎地上にオレはいないんだぜと、スパーダは邪悪な顔でほくそ笑んだ



ばたばた、落ち付きのない足音が近づいてくる
だが見つかるかもなどという不安などまるでないスパーダはゆっくりと梯子を下っていく
そこでもう一つ、走っているにしては遅すぎる足音が上を通っていることに気付いた
このままじゃ不良とすれ違うことになるが、流石の奴等も一般人に無意味な手出しはしないだろうと判断したスパーダは
しかしやはり気になって、無意識のうちに手足の動作を止めて息を潜めていた



聞こえてくるのは荒々しい、彼が先刻伸したはずの男の声



『おいそこのテメェ、ここらでスパーダってガキを見なかったか!?』

『……すぱあだ?知らんな、誰だそれは。…なるほど、お前らと喧嘩でもして負かしたのか』

『う、うっせェ!確かにここらにいるはずなんだ、必ず…!』

『だからと言って私に掴みかかるのはお門違いだ。知らないと言ったのを忘れたのか?そうか、お前らは頭が悪いのだな』


悪いのは顔だけにしておくと世界のためになるぞ、と
そう、つらつら続けて言ってのける、偶然通りかかった通行人の言葉に、スパーダは盛大に吹き出した
直後生まれた沈黙は、恐らく数人の不良が怒りと恥辱で顔を真赤にしているために生み出されたものだろう
くつくつと喉の奥で笑いをかみ殺すのに必死だったスパーダは、その先のことを全く予想してはいなかった




ドカ、バキッ


―――べしゃ


少年の笑みは一気に冷め、体温までも冷めていくかのように感じた
今の音は自分でもよく聞くから、すぐにわかった
殴り、殴られて、地面に倒れ伏す生々しい、暴力の音


(やべ、オレの所為だ)


『この、ふざけやがって!』

『私は大真面目だったのだが…』

『黙りやがれっ』



 ガ ッ


再び、殴り付けられたか、または蹴られたのだろうか
悲鳴は聞こえなかったものの、その音は確かに人を殴る蹴るなどして暴行を働いた際に聞こえるものだ
痛々しい悲鳴や呻き声が全く聞こえなかったのは、スパーダにとってせめてもの救いだった

背に、徐々に冷や汗が伝っていくのを感じた
不良達を小馬鹿にするような発言をしたのは確かにその通行人ではあるものの
若干冷静さを欠いていたスパーダには、そんなことなど考慮する余裕が無くなっていた
ここらにはいないようだと口々に論議し、ふたたびけたたましい足音を連ねて彼らが去っていく音を確認すると
スパーダはそろりとマンホールの蓋を持ち上げ、辺りを窺う、が


「うぉっ、」


マンホールの穴の、すぐ傍で倒れ伏している人物の
ぎょろりと見開かれた瞳と、目が合ってしまった






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