「…たったの、数十年、だよ」

「え?」


名前は魔法使いの言葉の意味が分からなかった。
急に言われたということも関係しているかもしれない。
いつものように、コーヒーを淹れて、本を読んで、微睡みの中に二人だけでいるような、そんな気持ちだった。
その中で落とされた言葉は、まるで水の中に石を投げ入れたかのように名前の中に落とされた。


「数十年、しか…いられない」

「あの…魔法使いさん…?」

「君と、一緒に…数十年、だけしか」


ようやく名前にも理解できた。
数十年。それは、名前の、人間の寿命の話だ。
その何倍もの寿命を持つ魔法使いにとって、それはほんの、一瞬だ。


「……」

「急に…ごめん……でも、昨日から…考えてた」


君がいなくなった後、俺はどうなるんだろう。
やわらかな風が吹く。木が、葉が、花が揺れる。川がせせらぐ。
二人だけの空間に人為的な音が存在しなくなった。
さぁさぁと風で葉が揺らぐ音がやけに大きく聞こえた。


「…きっと」

「、」

「きっと、生まれ変わって…わたしが“名前”じゃなくなっても…!」


見つけてください、わたしを。
名前は魔法使いの目を見てはっきり告げた。
まるで宝石のような緑と黄色の目が見開かれる。口が薄く開く。
名前は魔法使いの首に腕をまわした。
いつもは届かないほどの差のあるそこも、座っている今の状態なら膝立ちになれば容易く届いた。


「名前…」

「もし、魔法使いさんのこと忘れてたら…また、思い出を作ればいいんです」

「名前、」

「きっと、何度だって、魔法使いさんのことを、好きになる。それだけは、分かるから…!」

「名前」


魔法使いは名前の背中に腕をまわした。
自身のフードのついた上着は名前の涙で濡れていた。今もじわり、じわりとそれが侵食していく。
まるで、魔法使いの名前への想いのように。


「…今一緒にいれるのは、俺から見たら…一瞬、だけど」

「…はい」

「一瞬の幸せがいっぱいあったら…それはきっと、一生分の幸せ、だよね」

「…はい!」


名前が笑った。魔法使いが笑った。
また明日、二人でコーヒーを飲もう。本を読もう。
夜になったら星を見よう。天気のいい日は一緒にでかけよう。
買い物をしたり、ピクニックをしたり、たまには神さまのところまで行ってみるのも悪くない。
たくさん、幸せを、思い出を、二人で。一緒に作っていこう。

世界が、笑ったような気がした。






読んだら分かると思いますが主人公=ヒカリのつもり
魔法使いさんが好きすぎてやってしまった
きっと魔法使いさんと神様、女神様、魔女様は寿命のことで苦しむよね…
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