呼吸する未来が眩しくて遠ざけた



 それは、突然の拒絶だった。
 聞き慣れたいつもの優しい声は無く、彼女はただ、泣き叫びながら何故、と言葉を繰り返している。

 何故、今更捨てるのですか
 何故、この子を認めてくれないのですか

 何故、私ではないのですか

 それは彼女が奥底に仕舞い続けてきた暗い感情。あの人と比べられて負けてしまうなら理解出来る。……けれど、何故、次に選ばれるのは私ではないのかと。
 子供の俺は申し訳なさそうな執事に優しく手を引かれ、彼女の泣き声を耳にしながら漠然と、やっとこの家から出られるのかと思っていた。

 俺達を守ってくれていたあの人はもういない。優しい兄では、俺達を守れるほどの力は無い。
 それならこんな、いきぐるしい家から出たかった。

 半ば放り出されるように家の敷地から外へ出される。俺はこれからどうすれば良いのかも分からなくて、ただ呆然とアスファルトに座り込んだ彼女を見つめていた。
 ……今になって思う。この時、俺の方から彼女の手を握っていれば良かったのかもしれない。せめて子供のように、彼女に頼っていれば何か変わっていたかもしれないのに。


 一頻り泣いた後、彼女は力無く立ち上がって俺の手を取り歩き出した。力がまるで入っていない手に、日頃の優しさは感じられなかった。


──『生きていくのは、まるで暗闇を歩くようだ』と彼女は言った


 ふらふらとおぼつかない足取りで、当てもなく2人で歩いていく。
 どこに向かうのだろう。……どこに、向かえば良かったのだろう。
 いつの間にか降りだした雨に濡れながら、それなりに車の通りが多い交差点の赤信号で足を止める。


──貴女の手を握る事に疲れた俺と、


 母子が手を繋いで傘も差さずに、なんていう状況で、あの家の人間達と変わらない、奇異の目に晒されて。俺は家を出てから初めて、ため息を吐き出した。


──暗闇を歩く事に疲れた貴女。


 手に込めていた力を緩めたのは、ほんの一瞬だった筈だ。……いや、もしかしたら俺は最初から、彼女の手を握っていなかったのかもしれない。

 スローモーションのように過ぎる現実をただ見つめる。引かれていた手を伸ばして、掴めば良かったのに。

 耳が痛くなるくらいの一瞬の無音と、次の瞬間にやってきた何かがぶつかって道路に落ちた音。
 周りにいた人達の悲鳴が遠くで響く。肌に叩き付けるように当たる雨の痛みすら遠く。
 雨の中、真っ赤な姿で倒れている彼女に駆け寄ることもせずにずっと、立ち尽くしていた。



──先に手を離したのはいったい、どちらだったのだろう

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