椿、椿、とボクの名前を呼ぶ声は気持ちがこもっていなかった。なんですか、書類から顔を上げる。会長…?どこかの庶務みたいに鏡を手にして、何かを凝視している。会長の手がひらひら、宙を舞う。こっちへ来いということらしい。
 僕はもう一度なんですかと問いながら席を立って鏡を覗き込んだ。

「なぁ…なんかよう、オレの下睫毛っておまえほどはねぇよなぁ」
「そうですね」
「椿、ちょっとこっち向け」

 はい、顔を合わせる。やけに距離が近い。口が開いたからなにか話すのだと思った。だが予想に反して、開いた口から言葉は紡がれることなく舌が出てくる。そのまま、ぺろっ。下睫毛を舐められた。
 ひゃうっ、変な声が漏れた。



101112〜110406

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