安形さんは余裕で大学に合格、開盟を去っていった。春休みに何度か家を訪ねるたび、部屋に増えていくダンボールとは対照的に、部屋にあったものは減っていく。どこへいくんですか、そんなことは聞けない。ましてやどこにもいかないで、なんて。彼の足枷に、なってはいけない。どこかへいくんですか。背を向けて次は服を詰め始めた安形さんのひろいひろい、後ろ姿に小さく問いかける。聞こえていなくても、答えなくたってかまわない。それからそおっと、息をつく。 「どこへも行かねーよ」 「え、」 「うそだよ。このダンボール見りゃあわかんだろ?」 「…」 「3日後にここを出るんだよ、オレ。これはうそだと思うか?」 「…いいえ」 「…」 「じゃあ、ボクからもひとつうそを。…大好きでした、だからどこにも行かないでください。これはうそでしょうか」 安形さんが振り返らなくてよかったと思った。涙が視界を覆って、なにも見えなくなる。少しでも強く脳裏に焼き付けておきたい、愛しい愛しい安形さんの姿をにじませてゆく。 『ひとつ』がうそなんです。両方とも本当なんです。 そう言いたいのに嗚咽が止まらなかった。 110401 |