(!)大学生/同棲





 しみの付いた年期のあるふすまがするりと滑った。パジャマ姿の椿がオレの顔を見ないで、あの、と実に言いづらそうに口を開く。

「安形さん、いっしょに眠っても、かまいませんか…?」
「はぁ?」

 思わず間抜けな声がでる。それもそのはずだ。椿はあまり共に寝たがらない。翌日に支障をきたすからだ。気づいたら事後、そんなことが高校のときはしばしばあった。今、お互いに大学生とはいえ、次の日が休みでない限りは乗り気ではない。まぁ、だいたい、そんなことは関係なしに致してしまうのだが。

「珍しいな。なんかあったか?」

 言い終わらないうちに椿が背中を向けているうすい壁一枚隔てた隣の部屋からはかすかに声が聞こえた。甘い嬌声。椿の部屋からは声が完全に聞こえてしまうらしい。オレの部屋はふすまでぎりぎり遮られているようだ。

「…そういうことか。いいぜ、来いよ」
「ありがとうございます。布団、取ってきます」
「こっち入れよ。どうせ布団ふたつも敷くスペースねぇし。ふすまどけねぇと敷けねぇだろ?」

 椿は若干固まった、ように見えた。が、すぐに小さく失礼します、と言って枕元に正座した。

「ほら、入れよ。寒くねぇのか?」

 古いアパートなので床暖房などついていないうえ、狭いので就寝するときはこたつを部屋の隅へ立てかけてしまうために、暖をとるものはなにもない。

「…はい」

 うなずくと短髪が揺れた。そのまま顔を上げないものだから顔をのぞき込むと頬が赤みをさしていた。何度となく同じ布団で寝たというのに、未だに慣れないらしい。いつまで経っても初々しいな。
 肘で起きあがり腕で身体を支える反動を使って、触れるだけのキスをした。頬と同じように赤い耳にも口づけて、舐めた。椿の口から、はぅ、鼻にかかった息がもれて、己に自制心をもって布団へ入るよう促した。

「うお、もう足冷てぇ」
「安形さんのが暖かいんですよ」

 大人の、それも男ふたりで寝るには厳しい布団の中で、なるべく椿と距離を詰める。椿からはシャンプーの清潔な匂いがする。オレもきっと同じ匂いがしているのだろうが、想像できない。お互い黙ってしまうと、室内を満たすのは時計の秒針と遠い喘ぎ声。それから穏やかな呼吸。
 つばき、おきてるか。
 返事が返ってくることはなかった。横目で確認すると、すでに椿は眠りに落ちていた。オレも寝ようと瞼を閉じたときひときわ高い耳鳴りのような声が響いたが、意識は遠のくばかりで覚醒させるには至らなかった。



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